鐘の町リゴン
俺たちは新たな町に着いたのだが、早速異常事態だった。
――鐘の町リゴン。
小さな町で、中心にある時計塔の鐘で生活が管理されており、住民は常に規則正しく暮らしている。
ところがその時計塔に魔女が住み着き、鐘が鳴るたびに町の人を羊に変えているらしい。
一日たてば元に戻るのだが鐘を鳴らす時間に規則性がなく、生活がめちゃくちゃになっ
てしまったのだ。
どうにかしようとはしたのだが、魔女の力は強大で皆が手を焼いている状態だった。
アイリは自分が魔女を説得すると申し出て、俺たちは共に時計塔の階段を昇っている。
「はあ……はあ……鎧を着た身体には堪える」
「だったら脱げよ」
「一族の掟でね、人前では決して肌を見せてはいけないんだよ」
掟か、今思えばこの旅に出てからもう何日経っただろうか。護衛の役割は最初の町に着くまでだ。それからはいつでも村に戻っていいのだが、俺は変わらずあいつと一緒にいる。
俺は前を歩くアイリの背中を見た。
後ろから付いて来ていたころとは違い、堂々として自信にに満ち溢れている。
――気に入らない、やっぱりこいつは嫌いだ。この件が終わったらまたいじめてやる。
そんなことを考えていると最上階にたどり着いた。こちらを拒むように堅牢なドアが佇んでいる。
町長から借りた鍵でドアを開けると。中で魔女が椅子に座っているのが見えた。
整えられた黒長髪に、三角帽子をかぶった如何にも魔女と言った妖艶な雰囲気の女性だ。だが胸はアイリよりはるかに小さい。こいつ、賢いな。
「……何だか馬鹿にされた気がするけど、まあいいわ。ようこそ勇者様、私は流浪の魔女メリーと言います。以後お見知りおきを」
「メリーさん、今すぐ町の人を豚さんに変えるのをやめてください! みんな困っています」
メリーはくすくすと笑いながら立ち上がる。アイリに向ける視線はぞっとするほど冷たいものだった。
「いくら勇者様の頼みでもそれは聞けません。これは私が始めた楽しい遊び――邪魔はさせない」
メリーはどこからともなく杖を取り出すと、アイリに向けて火球を放った。
ベックがアイリを庇うよう前に立ち、火球を斧でたたき割る。
「頼もしいわね。これはどうかしら!」
「⁉」
突然ベックの体が床に倒れ込む。どうやら魔法で鎧を重くされたらしく、じたばたをもがいているが起き上がれそうにない。
「この世界はいずれ魔王が滅ぼすわ。それまでは、自分の好きな楽しいことだけして生きていくのよ!」
それがこいつの考えか――余りにも浅い。
未来をあきらめ、もがくことさえしないとはな。
「おいメリーとやら。お前はそれでいいのか?」
「何が言いたいの?」
「このまま、びくびく怯えながら生きていいのかって言ってんだよ!」
メリーの顔が怒りで歪んでいき、そして感情のままぶちまけた。
「貴方に何がわかるのよ! 私は昔、仲間と魔王に挑んだわ! だけど結局勝てなかった――その時悟ったのよ、もうどうすることもできないって! 何も変えられないって!」
メリーが叫ぶたびに部屋が揺れる。
感情で魔法がコントロールできていないのか?
「私たちが変えて見せます!」
いつの間にかアイリが横に立っていた。
その迫力に思わず黙る。
「私たちが魔王を倒し、世界に平和を取り戻します。だからメリーさん――泣かないでください」
メリーは目を見開き、ようやく自分が泣いていることに気づいて頬に手を伸ばす。
アイリは呆然とするメリーに向かって駆け出す。
メリーは杖を構えるが、それよりも早くアイリによって抱き締められた。
腕から杖が零れ落ち、木製の軽い音が響く、
「あ……ああ……」
「私たちに任せてください。もう貴方を悲しませんから……」
「勇者様……う……うわああああああああん!」
メリーは子供のように泣き叫んだ。その声は鐘の音がかき消し、誰にも聞こえなかった。
――――
――
「――というわけでメリーさんも旅に加わることになりました!」
「よっろしく!」
「……マジかよ」
町の人は魔王に挑み続けたメリーの事情を知っており、今後このようなことをしないようにと注意するだけにとどまった。
メリーは再び魔王と戦う決意を固め、旅に同行するらしい。
「勇者様に抱きしめられて私の中で何かが目覚めました! 私は! 勇者様を愛しています!」
「ええ!? それは困るよ、だって私が好きなのは…………」
アイリが耳まで赤らめ困惑している。
いい気味だ、もっと苦しむ顔を俺に見せてくれ。
「……はあ」
隣でベックがため息ついてやがる。何故だ。
「ところでそこの貴方、ビルだったかしら?」
「何だよ?」
まな板魔女が俺の正面に立つ。
「あの時の貴方も、少しかっこよかったわよ」
ちゅ
「な……!」
「ダメええええええ!」
アイリがぽかぽかとメリーを叩き、俺から引きはがす。
それにしても頬とはいえキスをされるとは……。
「ビルくんにチューしていいのは私だけなのおおおお!」
「……ははん」
ベックの野郎が鎧越しでも、にやついているのがわかった。
何故だか今日は良くアイリが苦しんでいるようだ。俺がいじめたわけではないが、いい日だな。
◇
「むう……」
何故かアイリが焼けたもちのように頬を膨らませながら、俺の腕を組んでくる。相変わらず油断と隙しかないとろい奴だ。
かなり鬱陶しいから引きはがそうとしても、離れない。まさか、アイリも俺に嫌がらせをしようと言うのか!?
「これだけされても、まだ気づかないんだねえ」
「嫉妬するアイリ様も可愛い―! 愛してるー!」
ベックとメリーが何か言っているが、よくわからないな。
今日は気分がいいから、嫌がらせはしないつもりだったが、アイリがその気なら仕方ない。迎え打とう。
「これ以上続けるなら、お前の嫌がることをもっとしてやるぞ?」
「私……ビルくんの近くにいるのが嫌」
ならば望み通りにしてやる。
俺はアイリを抱き寄せ、顔が正面になるよう向き合った。
「び……ビルくん⁉」
アイリが顔を赤くし、目を見開いている。
相当嫌なようだな、ならもっと近づいてやろう。
「わーお、大胆ね」
「やりすぎだ!」
「んげ!」
俺はベックに後頭部から殴られ意識を失った。
――――
--
その後、俺はすぐに目を覚ましたが、この日はずっとアイリが近寄ってこなかった。
俺の嫌がらせに苦しんでいるようだな、いい様だ。
「……やはり止めるべきではなかったか?」
ベックが何やら後悔しているようだが、俺の知ったことではない。精々悩んでくれ。




