第一章 ~『ゴブリンとの接触』~
レオナールが細い土壁の道を進んでいくと、小部屋へと出る。部屋の隅には藁のベッドが置かれ、中央には足の短いテーブルまである。
「誰かが住んでいるのかな」
ダンジョンの中で暮らす人間はいないことはないが珍しい。冒険者が冒険途中でそのままダンジョンに残り続けるパターンか、地上で罪を犯した人間が逃げ込むようなパターンが考えられる。そのどちらもレアケースであり、可能性として最も高いのは、魔人か魔物の住処だ。
「貧相な部屋から推察すると、ゴブリンのような低級の魔物かな」
レオナールは藁のベッドに寝転がる。彼は疲れていた。絶望と復讐心が植え付けられた一日は多大な疲労感を彼に与えた。
(眠るのはマズイよな)
レオナールはそう思いながらも押し寄せる睡魔には勝てなかった。気づくと意識を失っていた。
数分後、レオナールがパっと目を開けると、彼の眼前には一匹のゴブリンがいた。
「グギギギッ」
ゴブリンはうなり声をあげる。敵かと、レオナールは警戒心を生むが、すぐにそれが杞憂だと気づく。ゴブリンの両手にはたくさんの果物が抱えられていたのだ。
「その果物、僕のために持ってきてくれたの?」
「グギギギッ」
レオナールは声音からイエスだと判断する。赤い林檎を受け取ると、齧り付いた。甘味と酸味が口いっぱいに広がった。
「あれほど憎くて仕方なかったゴブリンに優しくしてもらうなんて思わなかったなぁ」
レオナールの目尻がじわじわと熱くなっていく。人間たちに罪人として扱われ、大好きだった幼馴染にも裏切られた。人間に絶望していた彼にとって、ほんの小さな優しさが何よりも嬉しかった。
「ごめんね。許してもらえるとは思えないけど、君の仲間を何体も殺してしまった」
「グギギギッ」
「許してくれるのかい……君は優しいんだね」
ゴブリンは嬉しそうに笑う。あれほど憎くて仕方なかった仇敵の顔が、今では可愛らしいとさえ思えていた。
「グギギギッ」
ゴブリンが突然騒ぎ始める。レオナールは何事かと立ち上がる。彼の耳にゴブリンの悲鳴がかすかに聞こえた。
「どこかで君の仲間のゴブリンが襲われている」
「グギギギッ」
「助けに行こう!」
「ギギッ」
レオナールはゴブリンを救うため駆けだした。