第五章 ~『リザの弟カイト』~
執務院を後にしたレオナールたちは自警団が占拠している道路予定地へと向かう。両脇を森に囲まれた山道に、廃屋の集落が顔を出す。
「ここが自警団の人たちの住む場所なんですね……」
「ゴルンさんの言う通り、道を塞ぐような形で建てられているね」
もし自警団の住居を避けて道を作ろうとした場合、森を切り開く必要がある。経済的に恵まれていない第三都市にそのような予算はない。
「旦那様、ここの人たちが立ち退かずに道を作る方法はないのでしょうか?」
「あるよ。それもとびきり簡単な方法が」
「それはいったい!?」
「フォックスダンジョンを潰せばいいのさ」
自警団の住居が邪魔になっているのは、道路がフォックスダンジョンを迂回する計画になっているからだ。もしフォックスダンジョンの脅威を排除できれば遠回りする必要もなくなり、自警団の立ち退きも不要になる。
「だがフォックスダンジョンを潰す計画はゴルンさんに却下されてしまった……」
「やはり自警団の人たちに立ち退いてもらうしかないのでしょうか……」
「もしくは交通路の整備計画そのものを潰すかだね。どちらに味方するかの結論を下すのは自警団の人たちの話を聞いてからだ……もっとも個人的にはリザの敵である自警団の味方をしたいけどね」
ゴルンは自警団が街の利益を阻害していると主張していたが、本当にそうなのかは双方の言い分を聞かなくては公平性が損なわれる。
レオナールは自警団の真意を確認するために、集落へと足を踏み入れる。廃屋の窓から向けられる視線には警戒と敵意が含まれていた。
「監視されていますね」
「僕たちをゴルンさんの手先だと思っているのかも」
「では敵でないと主張しますか?」
「いいや、それは難しそうだよ」
レオナールの視線の先には黒髪の青年が剣を構えていた。青年の眼はレオナールを敵だと認識しており、話し合いができるような雰囲気ではなかった。
「都市長の手先!」
青年がレオナールとの間合いを一瞬で詰めると、身長ほどもある長刀を振るう。レオナールはその刀をギリギリのところで躱し、青年の手を捻る。関節を極められた青年は苦悶の声を漏らして、手から刀を離した。
「こ、このっ!」
「ひとまず冷静になろうか。僕は冒険者だ。今のところ都市長の手先ではない」
「う、嘘を吐くな!」
「嘘なもんか。その証拠に僕が本気なら君の腕の骨を折っている」
「うっ……」
強者が弱者に嘘を吐く理由はない。青年が「悪かった……」と謝罪を口にすると、レオナールは掴んでいた手を離した。
「俺はカイト。自警団のリーダーだ」
「僕はレオ。こっちは仲間のユキリスだ」
「よろしくな……ところであんたたちは何をしにここへ?」
「都市長の話の真偽を確かめるため……つまり君たちが正義か悪かを知るためだ」
レオナールはゴルンから聞いた話をそのままカイトに伝える。彼は話を聞くにつれて、怒りで眉を吊り上げていく。
「俺たちが悪なもんか! 悪いのは都市長の方だ」
「でも街の利益に反すると聞いたよ」
「それはそうかもしれない……だから俺たちは譲歩したんだ。街の中に代わりの住居を用意してくれとな。そしたら都市長の奴、金がないから無理だの一点張りだ。この寒空の下、野宿することになれば凍死してもおかしくない。俺たちは自分たちの命を守るために、住処を守ると決めたんだ」
全体のための犠牲を強いる場合、何かしらの救済措置があってしかるべきだ。都市長のやり方はまるで山賊そのものだった。
「でも不思議だね。自警団にはリザさんの弟もいると聞いたよ。彼女が身内を裏切っても都市長に味方する理由はなんだろうね」
「それは……俺の不始末だ」
「君の?」
「リザ姉さんは俺の姉だ……昔は優しい人だったが、私利私欲を優先する悪魔に変わってしまったんだ」
カイトはリザが金のためにゴルンの味方をしているに違いないと断ずる。レオナールは自分勝手な都合で彼女に追放されたことを思い出し、彼女ならばあるいはと、カイトの話に一定の信憑性を感じる。
「リザ姉さんは俺が倒す。それが弟である俺の責任なんだ……」
(これは僕の出番があるかもしれないな……)
レオナールはリザを取り巻く環境の歪さに笑みを浮かべる。ゴルンの座る都市長の椅子、リザへの復讐、フォックスダンジョン。そのすべてを自らの利益に変えるべく、彼は頭の中で計画を練るのだった。





