第五章 ~『都市長ゴルンの夢』~
第三都市の事務員たちが仕事をする執務院。その中で最も広い都市長室にレオナールたちは案内される。黒塗りの椅子に腰かけると、傍にリザを控えさせたゴルンがニッコリと笑みを浮かべる。
「アンデッドダンジョンを滅ぼし、スライムダンジョンを攻略したレオ様の武勇伝は第三都市まで轟いておりますよ」
「それはなんだか恐縮だね」
「最強の冒険者と噂する者も多いとか」
「僕なんかまだまだだよ……それこそリザの所属していたジルの冒険者パーティに比べればね」
レオナールはジルの名前を出してリザの反応を伺うも、彼女は昔の男のことなど忘れたとでも言わんばかりに、冷静な表情を崩さなかった。
「ジル様ですか……あのパーティは駄目ですね」
「そうなの?」
「悪い噂が流れ、評判は地に落ちています。パーティの柱であるジル様がリーダーの器でなかったのでしょうね」
レオナールはジルのネガティブキャンペーンが上手く進んでいることに内心でほくそ笑む。彼の権威が地に落ちるのも時間の問題だった。
「ここにいるリザもジルのパーティを去ったのですよ。なぁ、リザ?」
「ええ……」
「それは何か理由があるの?」
「…………」
レオナールは自分が去った後のジルの様子を探るべく質問を投げかけるも、リザは答えたくないと無言を貫く。
「レオナールという商人を追放した映像には、君たちが恋人同士のように映っていたよね。あれは僕の勘違いかな?」
「昔は恋人でした……でもレオナールが抜けてからジルは変わり、パーティの歯車が狂いだしたのです……」
リザはレオナールが抜けてからのパーティが成果を挙げられなくなったことや、それに伴い、ジルが仲間たちに八つ当たりするようになったことを話す。
「思えばあれがジルの本性だったのでしょう……私は人を見る目をもっと磨かなければいけませんね」
リザは自嘲するように苦笑を漏らす。傍で話を聞いていたゴルンは世間話も終わりだと、手をパンと叩いて本題に入る。
「本日お呼びしたのは他でもない。レオ様に私の夢を手伝っていただきたいからです」
「夢?」
「ふふふ、見てください。これが私の夢です」
ゴルンは机の上に大きな地図を広げる。その地図には第三都市から首都エイトまでの道に強調するような線が引かれていた。
「これは首都エイトとの交通網の整備計画だね」
「さすがレオ様。既にお耳に入っておりましたか。この道が完成すれば、第三都市は発展する……私の生涯を賭けた夢なのです」
ゴルンは地図の道を指差し、興奮で声を荒げる。レオナールの視線も彼の指先へと向かい、そこで彼は伸びている道が直線ではなく、何かを避けるように迂回していることに気づく。
「この避けている場所には何かあるの?」
「そこにはフォックスダンジョンがあるのです……治安の悪い道は使われませんから。危険を回避するような交通路になっているのです」
「それならフォックスダンジョンを潰せばいいのでは? それなら迂回せずに済む」
交通はできるだけ短い距離の方が移動の手間が少なく街をより活性化してくれる。邪魔なモノがあるのならそれを排除すれば、より良い結果を得られるとレオナールは提案するも、ゴルンはゆっくりと首を横に振る。
「無理ですよ。フォックスダンジョンは国内有数の高難易度ダンジョンです。この街の戦力で攻略することはできません……それこそスライムダンジョンを滅ぼしたような冒険団が必要になります」
「なら用意すれば……」
「そんな予算はありませんよ」
上位の冒険者を雇うには大金が必要になる。経済的に恵まれている第二都市タバサならともかく第三都市でその選択は難しい。
「なら僕にお願いしたいこととは?」
「実は私の夢であり、街が潤う公共事業に反対している奴らがいるのです……自警団を名乗り、立ち退きに反対している連中でして、我々から金を引き出そうとしている悪人どもなのです」
「それは……酷い話だね」
レオナールは誰が酷いかはあえて口にせずに、話の続きを促す。
「レオ様に自警団の連中を成敗して欲しいのです!」
「……本当にその人たちは悪人なのかな?」
「間違いなく。なにせ自警団の中にはリザの弟もいるのですが、彼女は正義のために私の味方になりました。これこそが何よりの証拠です」
「リザの裏切りが正義の証拠か……」
レオナールはまるで自分が悪だと責められている錯覚を覚えながら、手をギュッと握りしめる。
「僕が味方するかどうかは検討してみるよ……」
レオナールはそう言い残して都市長室を立ち去る。彼は心中でざわめく感情を抑え込み、自らの利益のために動き始めるのだった。





