第五章 ~『第三都市への移動』~
リリスと離れたレオナールたちは第二都市タバサを飛び出し、第三都市アルスへと荷馬車で移動していた。山道を進む荷台はガタガタと震え、視界に映る景色も上下に揺らしていた。
「旦那様、第一都市ではなく、第三都市へと向かわれるのは何か理由があるのですか?」
「一つはリリスの存在だね」
「リリス……ですか?」
「僕の不手際で、リリスは僕がレオナールだと疑っている。きっと僕の正体を探るべく、第一都市に戻るはずだ」
「リリスがそんなことを……」
「でも問題ないよ。僕に繋がるような手掛かりは何も見つからない。むしろ僕たちがリリスと顔を合わせる方が不味いよ……なにせ僕はリリスに甘いところがあるからね……」
普段のレオナールなら正体を明かすようなミスは絶対にしなかった。しかし復讐心と同じくらい心に燻っているリリスへの甘さが彼の口を軽くしてしまったのだ。
「それにリリスの件を抜きにしても、第三都市アルスは訪れたことがないからね。どこかで機会を作るつもりだったんだ」
「私も第三都市アルスを訪れるのは初めてです……どんな街なのですか?」
「廃れた街……かな?」
「廃れているのですか?」
「色々と問題を抱えていてね。主だった産業や観光資源がないから仕事がなく、それに紐づくように人も少ない」
「なぜそんな状況に?」
「第一都市と第二都市に人を持っていかれていることが大きな理由だろうね」
第一都市ロトは国の中心地であり産業が発達し、第二都市タバサは宗教都市として観光客を集めている。産業も観光資源もない第三都市に人が集まるはずもなかった。
「それにもっと大きな問題もある。国の中心である第一都市との間に交通網が整備されていないところだ」
第一都市と第三都市の間は山道が続くだけで、きちんと整備された道があるわけではない。交通網とは人の血脈であり、利便性の悪い移動手段しかなければ、人はその街へ行くことを忌避するようになる。
「聞けば聞くほどに残念な街ですね」
「さらにもう一つ残念なニュースがあるよ」
「それは……」
「第三都市の近くには僕らの宿敵タマモさんがダンジョンマスターを努めるフォックスダンジョンがあるんだ」
ダンジョンバトルで偽りの同盟を持ち掛け、レオナールを罠に掛けようとしたタマモのことを彼はまだ許していなかった。
「タマモさんに意趣返ししないとね……楽しみだよ……」
もしフォックスダンジョンが手に入れば、ゴブリンダンジョンはさらなる強化を果たすことができる。それは資金面もそうだが、フォックスという種族の有用性をレオナールが強く実感していたからだった。
「僕のダンジョン最強の魔物は、タマモさんの卵から産まれた九尾の狐だ。あの力すべてが僕のものになるかと胸が躍るよ」
フォックス種の魔物は炎を扱え、個体の敏捷性も高く、簡単な幻覚を見せることもできる。ゴブリンよりも遥かに高い汎用性は、必ずゴブリンダンジョンを守るための盾になってくれると、レオナールは期待していた。
「旦那様、そろそろ街ですね」
荷馬車が進むにつれて、視界に映る木造りの家々が大きくなっていく。老朽化が進んだ建物を横目に街の入口広場へ辿りつくと、そこには筋肉質な男たちが集まっていた。
「あれ? 思ったよりも活気があるね」
仕事がない街は全体の雰囲気がドンヨリとしていることが多いが、第三都市は人こそ少ないものの、エネルギーに満ち溢れていた。レオナールは人の集まりの理由を訊ねるべく、傍にいた男に声をかける。
「あの、少し聞いてもいいかな?」
「おう、ボウズは旅人か? なんでも聞いてくれ」
「随分と人が集まっているけど、何かあるの?」
「実はな第一都市までの交通網が整備されることになったんだ。それで町中の職人たちが駆り出されているってわけさ」
「なるほどね」
人は仕事があれば活気付く。公共事業ともなれば払われる報酬も高いことが期待でき、その希望が彼らの元気を掻き立てているのだ。
「ようやく第三都市にも大きな仕事が手に入った。これで皆も元気になる」
「金の巡りがいいと血行も良くなるね」
「これもすべてゴルン都市長のおかげだ……頭が上がらないぜ」
「ゴルン都市長?」
「あそこの怖い顔の男だ」
レオナールの視線の先には、顔に切り傷を刻んだ強面の男がいた。顎に黒ひげを生やし、暴力的な目は暗い光を放っていた。
「あの人が都市長なんだね……」
「見えないだろ。元は山賊の親玉だったらしいから、それも当然だがな」
「ふ~ん」
「だが腕は確かだ。公共事業で俺たちに仕事をくれたし、部下も優秀な奴が集まっている。見ろよ、傍にいる女」
「あれはまさか……リザ!」
黒髪黒目のリザの顔はレオナールの忌まわしい記憶を呼び起こす。彼女はかつて同じパーティとして共に戦った仲間でありながら、最後にはジルと共に彼を裏切り、追放した宿敵である。
「おいおい、どうした、凄い顔をしているぞ」
気づくとレオナールは唇を噛みしめて、鋭い視線をリザへ向けていた。彼は冷静さを取り戻すために、一度深呼吸する。
「なんでもない……それよりもリザがこんなところにいるんだね」
「有名な武道家なんだろ。そんな女をボディガードとして雇ってくるんだから、ゴルン都市長の手腕を感じられるだろ」
「だね」
レオナールはリザがジルと袂を分けたことは知っていたため、第三都市にいる可能性もあるとは考えていた。
(リザは第三都市の出身だったはずだ……地元に帰るついでに、報酬の良い就職先を見つけたということかな……)
レオナールはリザが第三都市にいる理由に思いを馳せていると、強面のゴルンがレオナールに気づいたのか彼の元へと近づいてくる。
「もしやそこにいるのは英雄レオ様では!」
「そうだけど……」
「おおっ! やはりそうでしたか! 実はあなたにお願いしたいことがあるのです!」
ゴルンがレオナールの手を掴むと上下に勢いよく振る。傍にいるリザはレオナールの正体に気づいていないのか、興味なさげに彼のことを見つめていた。





