第五章 ~『正体を明かしたレオナール』~
「レオ……ナール……」
リリスは希望に縋るようにレオナールの顔をマジマジと見つめる。彼女は火傷をしていない頃の幼き彼が成長した姿を頭の中で想像し、眼前の少年が本当に幼馴染のレオナールかどうかを吟味する。
「レオナールだ……やっぱりパン屋さんはレオナールだったんだ!」
リリスは目尻に涙を浮かべ、レオナールが生きていた喜びの笑みが口元に浮かべる。そんな彼女の様子をレオナールが満足げに見つめていると、彼の服の袖をユキリスが小さく引っ張る。レオナールは首だけ後ろを振り向き、蚊の鳴くような声で彼女の意図を尋ねる。
「どうしたの、ユキリス?」
「旦那様、リリスに正体を明かすのはマズイです」
「で、でも……」
「お忘れですか。リリスはあなたを裏切ったのですよ。もしまたリリスが裏切り、正体が露呈すれば、旦那様の計画が台無しになりますよ」
「うっ……そ、それもそうだね」
英雄レオとして行動しているからこそスムーズに計画が進んでいるのは紛れもない事実であり、例えば大聖女のルナが、もし英雄レオの正体はレオナールだと知っていれば、警戒して近づいてさえこなかっただろう。
「レオナール、会いたかったよ!」
リリスはユキリスがいないかのように、人目を気にせずレオナールに抱き着く。目尻から零した涙が頬を伝い、石畳をポタポタと濡らす。
「うっ……あ、会いたかった……会いたかったよぉ……」
「リリス……さん……」
「わっ……私ね、あなたに謝りたかったの……っ……あなたはいつだって私の味方でいてくれて……今まで私に尽くしてくれて……私のことをいつも優先してくれたのに……ご、ごめんね……私はあなたのことを裏切った……」
「…………」
「わ、私、頑張るから……あなたの隣に立てるような女になってみせるから……だ、だから、一度だけでいいの……チャンスを頂戴……わ、私、あなたと一緒にいられるなら、何でもするから」
リリスはレオナールを抱きしめている腕の力を強める。しかし彼は小さく息を吐くと、彼女の手を掴んで引き剥がした。
「レオナール……や、やっぱり私じゃ……駄目……なのかな……」
「違うよ。僕はレオナールではないんだ」
「え?」
「僕が言いたいことは……そう……僕のことをレオナールだと思って、気を紛らわせてほしい。そういうことを伝えたかったんだ」
苦し紛れの言い訳にリリスは納得がいかないと、彼の腕を手に取り、服の袖を捲る。そこにはくっきりと龍の痣が刻まれていた。
「やっぱり……この痣はレオナールと同じ……」
「ぐ、偶然だよ。こんな痣、他にもいっぱいいるよ。ね、ルナさん?」
ルナはレオナールの命令に従い、白い腕に刻まれた龍の痣を見せる。彼女もまた王族の血を引く一人であるため、その痣が刻まれていたのだ。
「ね、分かったでしょ。こんな痣、別に珍しくないんだ」
「…………」
「それじゃあ、僕は行くところがあるから。じゃあね」
レオナールはリリスに正体がバレないように、その場を後にする。彼の背中をリリスは涙を浮かべてジッと眺めているのだった。





