第四章 ~『スラリンとの決着』~
スライムダンジョンへ冒険者が進撃を開始する。大聖女の権力で集められた精鋭たちは恐れを知らずに、洞窟内部を探索する。
「タマモさんも魔物を送り込み始めたようだね」
冒険者の背後についていく形で狐型の魔物がダンジョンゲートから投入される。その質と量はレオナールに自分の戦力を誇示しているかのようだった。
「ゴブリンダンジョンはいつ戦力を投入するのかしら?」
タマモが動こうとしないレオナールに対して不機嫌な声で訊ねる。
「僕は魔物を出さない」
「まさか働かないつもり?」
「いいや、働くさ。ただ僕は仲間のゴブリンたちが大切だからね。犠牲者を出したくないんだ。だから僕が直接スライムダンジョンに乗り込むよ」
レオナールはダンジョンゲートを通り、スライムダンジョンへと到着すると、洞窟の中へと潜っていく。足場が悪く、簡単に進めない沼地を、ゆっくりと進んでいく。辿りついた中央エリアでは、冒険者や狐の魔物がピョンピョンと跳ねまわるスライムたちと交戦していた。
「スライム相手ならさすがに楽勝かな」
スライムは口から水鉄砲を放つが、命を奪うほどの威力はない。鍛えられた冒険者たちを止めることはできない。
「私の可愛いスライムたちが……酷いの……あんまりなの」
スラリンが瞳に怒りの炎を燃やし、レオナールを見据える。中央エリアにいた冒険者たちは魔人であるスラリンの登場に息を呑む。
「あの女がこのダンジョンの魔人だ。絶対に逃がすなっ!」
冒険者が腰から剣を抜き、スラリンに襲い掛かるが、その剣は彼女によって受け止められる。
「鬱陶しいの……」
スラリンはボソボソと何かを唱えると、水の刃が冒険者たちを襲う。魔人の圧倒的な力を前に、冒険者たちはなすすべもなく倒れる。
「皆はスライム退治に集中してくれ。この魔人は僕が倒す」
レオナールが冒険者たちに手出し無用だと告げると、冒険者の一人が「英雄レオだ……」と小さな声で呟く。次第にその声は伝播して、大きな喝采となる。
「英雄レオだ。レオが来てくれたぞおおおっ!!」
冒険者たちの喝采が沼地のダンジョンに反響する。レオナールがいるなら安心だと、冒険者たちは彼の戦いに巻き込まれないように、離れた位置でスライムを狩り始めた。
「さてこれで僕らの戦いに集中できる」
「あなたのことは絶対に許さないの!」
スラリンが何かを念じると沼地の中から大型のスライムが二体顔を出す。その内の一体は以前見かけたスライムキングだ。そしてもう一つは王冠をかけているのは同じだが、金色に輝く特殊なスライムだった。
「やっぱり君は嘘吐きだ。スライムキング以上の戦力を確保しているじゃないか……でも僕には関係ない」
レオナールはスライムキングに接近すると、液体状の身体に触れて、マネードレインを発動させる。体内に宿る硬貨を吸い出し、生命を維持できなくなったスライムキングはこの世から姿を消す。
「一撃で私のスライムが倒されたの……」
「この程度の戦力なら簡単に倒せる。もう一体の金色のスライムもすぐに倒してみせるさ」
「そんなことできるはずないの。このスライムは私のジョブスキルで育ててあるの」
「ジョブスキルか……確かスライムブリーダーだったよね」
「どうして知っているの?」
「さて、どうしてだろうね」
「まぁいいの……あなたを倒せば関係ないの」
レオナールの挑発に乗る形で、スラリンは金色のスライムに魔力を注ぎ込む。液体状の肉体が次第に人型を成していく。
「私がスライムキングこそ最高戦力だと口にしたことは嘘ではないの。このスライムはスライムキングの成長した姿なの。故に私の育成能力によって戦闘能力は大幅に増しているだけでなく、特技である変身能力を持っているの」
天井に届きそうなほど巨大な黄金の巨人と化したスライムキングがレオナールを見下ろす。彼を敵だと認識した巨人は腕を大きく振り上げると、勢いをつけて振り下ろす。圧倒的破壊の力が彼に直撃し、沼地の泥を吹き飛ばす。
「ははは、これで私の勝ちなの」
スラリンは勝利を確信して笑うが、巨人が振り下ろした拳には、レオナールの血や肉片は付着していない。
「ど、どこに行ったの?」
「ここだよ」
レオナールは黄金の巨人の肩に乗っていた。そしてその手は魔物の頭に触れている。
「君の自慢のスライムも残念ながら僕の敵ではなかったね」
レオナールはマネードレインを発動し、黄金の巨人から力を奪い取る。巨大な力が与えられたスライムキングは奪い取られていく力に苦しみの雄叫びをあげるが、圧倒的強者であるレオナールから逃れることはできず、最終的にはすべての力を吸収されて塵となって消えた。
「これでスラリンさんを守る魔物は消えたね」
「ち、近寄るななの」
「……君は僕を卑劣な罠に嵌めようとした。殺されても文句は言えない。そうだろ?」
「そ、そんなの、知らないの。ゴブリンダンジョンを支配すれば、私はもっともっと幸せになれるの。そのためにあなたが邪魔だっただけなの」
「残念だよ……もし君が僕を騙すつもりがなければ、友人になれたかもしれないのに」
レオナールはスラリンの首をガッシリと掴む。圧倒的な力を前に、彼女にできることは何もない。
「わ、私は悪くないの。悪いのは私以外のすべてなの」
「ああ。君は悪くないよ。互いに生き残るのに必死だっただけだ。僕も僕の大切な仲間を守るために、必死だから手を下すんだ」
レオナールはマネードレインでスラリンからすべてを奪い取る。スキルや生命を維持するための金を失った彼女は、世界から消え去った。
「英雄レオが、またやってくれたぞー!」
レオナールの戦いを遠目で見ていた冒険者が魔人を倒したと勝利を叫ぶ。大きな歓声はダンジョン内に響き渡り、レオナールの名声をさらに押し上げるのだった。





