第四章 ~『蘇生の秘密』~
レオナールとユキリスは、ルナのいる大聖堂を訪れていた。人払いがされているのか、大聖堂にはステンド硝子を背にして立つ彼女の姿しかない。
ルナはレオナールがゴブリンダンジョン襲撃に加わってくれると思い込み、歓迎するような笑みを浮かべている。
「ルナさん、僕の内密に話したいことがあるという要望に応えてくれてありがとう」
「いえいえ、気にしないでください。用件は分かっています。レオ様もとうとうゴブリンダンジョン襲撃に参加する決心が付いたのですね」
「その件に関して確認したいのだけど、襲撃はいつになりそうかな?」
「十日後です……都合は付きそうですか?」
レオナールはダンジョンバトルと同じ日にゴブリンダンジョンの襲撃が行われると知り、裏で行われてきた策謀に対する確信をさらに強める。
「十日後か……残念ながら参加できそうにないね」
「そうですか……」
「なにせ僕はその日、スライムダンジョンと戦う予定が入っているからね」
「は?」
「僕の秘密を話そう。僕は冒険者でありながら、ゴブリンダンジョンのマスターを兼任しているんだ」
「レ、レオ様、何を馬鹿なことを……」
「これが証拠さ」
隣に立つユキリスがローブを脱ぎ去り、ピンと伸びたエルフ耳を見せつける。
「魔人……まさか本当に……」
「ルナさん、お願いだ。僕に免じて、ゴブリンダンジョン襲撃を止めてくれないかな?」
レオナールは誠意を示すために頭を下げるが、ルナの瞳に浮かんだ感情はどこまでも冷たいものだった。
「うふふ、まさかレオ様がダンジョンマスターだったとは……」
「ルナさん……」
「ですが襲撃はやめません……この計画は私にとって必要なものですから。醜いゴブリンどもは一匹残らず駆逐するつもりです」
「……ゴブリンたちは僕がコントロールしている。人を襲ったりもしない。それでも駄目かな?」
「駄目ですね。なにせゴブリンの討伐は神のお告げですから」
「…………」
「十日後が楽しみですね……ゴブリンたちはどんな声で泣くのか、どんな顔で絶望するのか、とても興味があります……折角ですからゴブリンの死体をこの街の特産物にしてもいいかもしれませんね。大聖女の祈りを込めた歯や爪のアクセサリーは御利益があると宣伝すれば、人気になるでしょうし、きっと利益目的の冒険者がこぞってゴブリンたちを狩りに行きますよ。楽しみになってきましたね」
「ルナさん……それが君の答えなんだね」
「ええ、そうです。私はゴブリンを狩ることに躊躇いません……あんな醜い生物は生きているだけで悪です」
「そうか……残念だけど、それなら僕は君を敵として扱うことにするよ」
「敵ですか……あなたは確かに英雄と称されるほどの強大な戦力ですが、所詮はただの冒険者。大聖女である私と敵対するだけの力があるとは思えませんが……」
「いいや、戦えるさ。なにせ僕は君の秘密を知っているからね」
「秘密?」
「人を蘇生させる力の正体さ。なんなら僕が再現させてもいい」
レオナールがスライムの卵を取り出すと、ルナはすべてを悟り、驚愕に目を見開く。
「これはスライムの卵さ。しかもただの卵じゃない。僕の力で強化した、とっておきの卵さ」
レオナールはスライムの卵を孵化させると、頭の上に王冠を乗せたスライムが誕生する。スライムの中でも最強クラスの力を有するスライムキングの誕生だった。
「スライムキングは戦闘力が高いだけでなく、姿形を自由に変えることができるんだ。例えばこんな風にね」
レオナールの命令に従い、液体状のスライムが徐々に人の身体を成していく。徐々にその姿は鮮明になり、最終的に蘇生されたと評判の菓子屋の店主に化ける。
「これが蘇生の秘密さ……ルナさんは死んだ人間を生き帰らせるのではなく、ただスライムを同じ姿形に化けさせていただけ。そうでしょ?」
レオナールは菓子屋の店主のステイタスを商人のスキルで鑑定し、彼がスライムキングだと知る。ここまでくれば後は連想ゲームだ。
スライムキングがルナの蘇生能力に協力しているのは、スライムダンジョンと第二都市タバサが共闘している証拠だ。そのたった一つの証拠から策謀の全体像が見えてくる。
「順を追って話そう。すべての計画はダンジョンバトルから始まったんだ。スラリンさんとタマモさんは二つの勢力で僕を潰そうと計画を立てた。しかも僕を騙し討ちするために、両者が共に同盟を組もうと提案してくるオマケ付きだ」
「…………」
「しかもスラリンさんは騙し討ちするだけでは終わらず、さらに勝利を確実なものとするために、第二都市タバサの冒険者勢力まで利用しようとした。これは敵ながら天晴れだよ。冒険者勢力と二人のダンジョンマスターから同時に襲撃されてはゴブリンダンジョンなんてひとたまりもないからね」
「…………」
「だけど僕はスラリンさんとルナさんが手を組んでいることに気づいた。なら状況は逆転できる。スラリンさん、タマモさん、ルナさん。この三者の中で最も強大な力を有しているのは君の冒険者勢力だ。つまり君が僕の味方になれば、戦況は引っくり返せる」
「それはそうかもしれませんが、あなたの仲間にはなれませんね」
ルナはすべての秘密が暴かれても、悲壮感など感じさせない。それどころかこの程度では致命傷になりえないと自信に満ちていた。
「随分と余裕だね?」
「ええ。余裕ですよ。なぜならスライムが変身して蘇生の力を実現していると吹聴したところで、大聖女の私を疑う者はいませんから」
「…………」
「第二都市タバサは宗教都市であり、私はこの街の大聖女です。私に逆らう者はこの街で生きていけませんから。あなたに蘇生の秘密を知られても痛くも痒くもないのですよ」
「余裕の正体は分かったよ……でも勘違いしないで欲しい。僕は君の秘密を吹聴するつもりはないよ……そんなことをする必要はないからね」
「どういうことですか?」
「僕は君の権力を丸ごと頂くからね」
レオナールはルナに無遠慮に近づくと、彼女の首をガッシリと掴む。万力で持ち上げられた彼女は足をバタバタと振り、苦しそうに呻き声を漏らす。
「な、何をっ……ぐっ……そ、それよりも私を傷つければパニックに……」
「ならないさ。忘れたのかい。僕も蘇生の力が使えるんだよ」
レオナールがスライムキングにルナに化けるように命じると、スライムは翡翠色の瞳と白い髪の美女、ルナそのものへと姿を変える。
「あ、あなた、まさか……」
「そのまさかさ。君の代わりはスライムがしてくれる。だからもう君はいらないんだ」
ルナは自分が窮地に陥っていると知り、必死に体を振るが、レオナールの力の前にはなすすべもない。彼女は怨嗟の視線を彼へと向ける。
「ゴブリンの味方をして……恥ずかしくないのですか!?」
「うん。僕はゴブリンが大好きだからね」
「そ、それなら……聖女である私を殺しては罰が当たりますよ……今ならまだ間にあいます……この手を放してください……」
「駄目だよ。君の人生はここで終わりさ」
「ぐっ……こ、この悪魔……人でなし……地獄に落ちろ……」
「僕が悪魔か……君の言う通りだ。でも悪魔にも慈悲はある。もし君がゴブリンダンジョン襲撃を中止していれば許すつもりだった……本当に残念だよ……」
「や、やめなさいいいっ!!」
レオナールはマネードレインを使い、ルナの体内の硬貨を奪い取る。彼女は生命を維持するための金を吸い取られ、元の美しい姿とかけ離れたミイラと化す。
「大聖女様、何かありましたか!」
ルナの断末魔を聞いた聖騎士が大聖堂に飛び込んでくる。聖騎士はスライムキングが化けているルナと、レオナールの手に握られたミイラを一瞥すると、彼女に状況を訊ねる。
「ご安心ください。教会に巣食っていた悪魔を処罰しました」
「おおっ」
「やはり悪魔は滅ぼさなければいけませんね。皆さんもどんどん悪魔を成敗しましょう」
「はい。次の標的はゴブリンダンジョンですよね」
聖騎士が問うと、スライムキングが化けたルナは首を横に振る。
「いいえ、ゴブリンダンジョンではありません。私たちが十日後に襲撃するのは、スライムダンジョンです」
最大戦力である冒険者勢力を手に入れたレオナールは勝利を確信する。状況は彼の優勢に傾いたのだった。





