第一章 ~『絶望と裏切り』~
レオナールを含めたパーティメンバーが出揃ってからしばらくすると、王の間に国王が姿を現す。ロト王。ロト王国の三代目国王であり、周辺諸国に剛腕を示す強王である。白髭を蓄えたその男は王座に腰かけると、鋭い視線をレオナールたちに向けた。
「お主らがジルの率いるパーティだな?」
「そうでございます、我が王よ」
ジルが一歩前へ出て跪く。合わせるように他のメンバーも跪いた。
「面を上げよ。儂がお主らを招集したのじゃ。そう、遜らなくとも良い」
「はっ!」
「ではまず今回集めた理由じゃが、お主らは冒険者の中でも特に大きな成果を上げておる。名誉と褒美を与えようと思ってのぉ」
「はっ、ありがたき幸せ!」
「まず名誉じゃがこの場の光景は魔法水晶により王国全土に放送されておる。お主らの栄誉ある姿を皆が目にするのじゃ」
「国民全員が……」
「ただ名誉だけではつまらないじゃろ。ではまずジルよ。お主にはこれを与えよう」
ロト王の命により配下の憲兵が一本の剣を運んでくる。白銀に輝く剣は、高価だと一目で分かるほどに美しかった。
「これは我が王国に代々伝わる名刀じゃ。お主に授けよう」
「あ、ありがとうございます」
「次に武闘家リザ。お主の活躍も聞いておる。グリズリーを素手で倒す猛者だそうだのぉ」
「い、いえ、そんな」
「お主は素手で戦うそうじゃからのぉ。武具は要らんじゃろ。故に金をプレゼントしよう」
憲兵が大金の入った革袋を手渡す。ずっしりとした重さを感じて、リザは頬を緩めた。
「次にリリス。お主の身体能力強化の魔法は魔物討伐に役立っていると聞いておる。お主には聖樹から切り出した魔法の杖を授けよう。この力でさらに精進するのじゃ」
「わ、私が、そんな高価なモノを……」
「遠慮せずに受け取った方が良いよ」
「う、うん」
レオナールの勧めに従い、魔法の杖を受け取る。その杖に込められた強大な力を感じ、リリスはゴクリと息を呑んだ。
「次は我が娘、マリアンヌ。お主への褒美が最も悩んだ。儂はお主を甘やかしておるから、すでに何でも買い与えておるからのぉ」
「お父様ったら」
「そんなお主が最も欲しいもの。それはジルとの幸せな家庭じゃろ」
「お父様!」
「マリアンヌ。お主とジルの交際を王の名によって認める」
「あ、ありがとうございます、お父様!」
マリアンヌとジルは視線を交差させて喜び合う。二人が恋仲だと知っていたレオナールは仲間の幸せを喜ぶように頬を緩めた。しかしリザとリリスは祝福しているとは思えない、曖昧な笑みを浮かべていた。
「最後にレオナール。お主への褒美はない」
「え?」
「お主は最弱の商人じゃ。パーティでの活躍も最後の一撃を加えただけの役立たず。正直言って能無しだと報告を受けておる」
「え? 報告?」
レオナールの頭がパニックで真っ白になるが、ロト王は言葉を続ける。
「さらにお主は罪を犯したそうじゃのぉ」
「つ、罪?」
「儂の娘、マリアンヌと、その友人であるリザとリリスを襲ったと聞いておるぞ」
「ぼ、僕が、三人を……」
「ジルが守り抜いたおかげで未遂で済んだとは聞いておる。しかしお主の罪は大罪じゃ。諦めて白状を――」
「そ、そんな、僕は襲ってなんか」
「嘘を吐くのは止すのじゃ。この映像はロト王国全土に放送されておる。嘘に嘘を重ねた無様な姿を晒すことになるのじゃぞ」
「で、でも、僕は本当にやっていないんだ……マリアンヌ、リザ、リリス。皆からも本当のことを」
「うぅっ……」
レオナールが懇願すると、マリアンヌは突然肩を震わせて泣き始める。真に迫る鳴き声が王の間に広がる。
「マ、マリアンヌ。どうして……」
「どうしてもこうしてもありませんわ。私はいつもレオナールから言い寄られていましたの。そのたびにジルが守ってくれましたわ」
「ぼ、僕は、マリアンヌに言い寄ってなんか……」
「また嘘ですのね。やはり魔人の血を引く人間なんて信頼できませんわ。そうでしょう、皆様」
マリアンヌの言葉に反応するように憲兵たちがレオナールに「魔人は死ね」「魔人は卑怯だ」と罵倒を浴びせる。気づくとレオナールの瞳から涙が零れていた。
「ぼ、僕は今まで人類のために命がけで戦ってきたのに……ど、どうしてこんなことに……」
レオナールは家族である姉を殺したであろう魔族を恨んできた。そのため魔人と人間のハーフでありながら、人間の味方を貫いてきた。それがいまやどうだ。レオナールはやってもいない罪で悪漢扱いされようとしていた。
「リ、リザ。リザなら本当のことを……」
「私もマリアンヌと同じです。イヤらしい視線をいつも向けられていて不快な思いをしていました」
「リザ、どうしてそんなことを……」
「レオナール。私はあなたが嫌いなのです。いえ、私だけではありません。あなたのような醜男は存在そのものが女性の敵なのです」
「うぅっ……」
レオナールの涙の勢いが強くなる。彼は視線を巡らせ、縋るように最後の希望に飛びつく。
「リ、リリス、リリスなら……」
レオナールはもう一人襲われた被害者とされたリリスに縋る。幼馴染として生活を共にし、家族同然に育ってきたのだ。彼女ならば彼を貶めるようなことはしない。そう期待を込めた視線を送る。
「わ、私は、ずっとレオナールに付きまとわれていました」
「え……」
「レオナールは気持ち悪い顔で私に近づき、私のためだと勝手に尽くそうとしてきました。彼は気分が良かったでしょう。ですが私は毎日最低の気分で生活していました」
「リ、リリス……」
「醜い顔のストーカーに言い寄られている時、助けてくれたのがジルでした。ジルは最高の友人であり、私たちのヒーローです」
「リリス、う、嘘だよね。ぼ、僕は君のために人生すべてを犠牲にしてきた。君が喜ぶと思って料理の勉強をしたし、君が快適に過ごせるように家事を何でもこなせるようになった。お金も時間も力でさえも、すべて君だけに尽くしてきたのに。あんまりだよ」
「レオナール、あなた、気持ち悪いです」
リリスの言葉がレオナールの心を潰すトリガーとなった。彼は心理的な負荷に耐えられず、赤絨毯の上に吐瀉物をぶちまけた。
「レオナール、あなたやっぱり醜いですね」
「うぅっ……リリス、ごめんなさい。きっと僕が何か怒らせるようなことしちゃったんだよね。でないとあの優しいリリスがこんなこと言うはずないもの。ねぇ、僕は君のためなら何だってやるし、駄目なところがあるなら教えてよ」
「…………」
「黙っていないで、答えてよ、リリス。僕は君がいないと生きていけないんだ」
レオナールはリリスへと擦り寄ろうとするも、その間にジルが割り込むように立つ。
「国王陛下、罪を犯したとはいえ、私はこれ以上、かつての友を汚したくない。放送を止めてもらえないだろうか」
「ジル。お主の意図は分かった。望み通り、放送を止めよう」
国王の命令で放送が一時的に中断される。放送を中断したことには狙いがあり、それをこの場にいるレオナール以外の者たちは誰もが理解していた。
「レオナール。お前に秘密にしていたことがあるんだ」
「僕に秘密?」
「その秘密は俺も王も憲兵もリザもマリアンヌも知っている。もちろんリリスも例外ではない」
「僕だけが知らない秘密……そんなものが……」
「その秘密とは、レオナール。お前の顔の火傷についてだよ」
「僕の顔の秘密……」
「レオナール、お前はその顔を魔物に襲われた際の火災が原因だと思い込んでいるようだが間違いだ。お前の家族を殺した火災、あれは人間によるものだ」
「え?」
「具体的にはな、聖騎士団の手によるものだ。そしてその中には俺もいたし、付け加えるなら主犯はリリスの兄だ」
「ジ、ジル、で、でも、ど、どうして、ケルタ村を襲ったんだ!?」
「そんなの簡単さ。ケルタ村は人間と魔族の共存を掲げた最低の村だった。王国にとって、そんな村、存在自体が邪魔なのさ。なにせ王国の収益の多くはダンジョンから持ち帰った硬貨に依存しているからな」
もし魔族と人間が共存する世界になれば、冒険者はダンジョンへ潜ることができなくなるかもしれない。そうなれば国力が低下する。それを恐れた王族と聖騎士団が手を組み、村を滅ぼしたのだ。
「ちなみにレオナールの家を燃やそうと提案したのはリリスの兄だ。聖騎士団でもハーフの扱いはどうすべきか割れたんだがな。リリスの兄が無理矢理、排斥へと意見をまとめたのだ」
「嘘だ! そんなはずあるもんか! 僕の家にはリリスもいたんだぞ」
「だからさ。リリスの兄は魔族と仲良くしている妹が許せなかったんだ。だから一緒に殺そうとした。どんな気持ちだ、レオナール。今まで尽くしてきた相手が本当は仇の妹だった気分は!」
「で、でも、僕は微かにだが覚えているんだ。ゴブリンが人間を襲うところを!」
「それこそ証拠さ。なんせそのゴブリンが戦っていた人間は聖騎士団の人間なんだからな」
「えっ……」
「ゴブリンは命がけでレオナールを守ろうとしたんだ。大切な者を守ろうとするゴブリンは敵ながら天晴れだったよ。そしてそんな命の恩人のゴブリンを探し出しては駆除するレオナールの道化っぷりはもう、笑いを堪えるのに必死だったよ」
ジルは嘲笑を浮かべる。憲兵たちも薄っすらと笑いを浮かべ、ロト王でさえ、口角を歪めていた。
「じゃあな、レオナール。お前は本当なら死刑に処すところだが、リリスから命だけは許してほしいと頼まれている。国外追放くらいで許してやるよ」
「そういうことじゃ、レオナールよ。お主は二度と王国に顔を出すことを許さぬ。国外追放じゃ」
ロト王の命により憲兵がレオナールの両腕を拘束する。絶望に打ちひしがれた彼は、その拘束を黙って受け入れる。
「最後に一つだけ言わせてほしい」
「儂に恨み事か。なんだ、言ってみろ」
「お前たちは絶対に許さない。僕を国外追放にしたことを必ず後悔させてやる!!」
「後悔か。お主にそれができるならやってみるがよい」
「やってやるさ。僕がお前を王座から引き吊り下ろし、ロト王国を乗っ取ってやる! そして僕がこの国の王になり、お前たちを全員追放してやる!!」
レオナールは叫んだ。その声はできるはずがないという嘲笑と共に、王の間に反響した。
全員に復讐は必ずしますので、少々お待ちください