幕間 ~『マリアンヌを助けた恩人』~
レオナールとの決闘に敗北したジルが目を覚ますと、見たことのない天井が広がっていた。上半身だけ起き上がると、ベッドの上で瞼を擦る。
「ジル、目を覚ましましたのね!」
ジルの視界にマリアンヌの整った顔が飛び込んでくる。心の底から彼の無事を喜び、安堵の息を漏らしている。
「ここは……」
「私が手配した王族御用達の特別な宿屋ですわ」
ジルは周囲に視線を巡らせる。王族が頻繁に利用しているだけあり、部屋の机や椅子、それに調度品の壺や絵画はどれも品がある。
「本当、ジルが無事で良かったですわ」
「無事か……俺にいったい何が……」
「覚えていないのも無理ありませんわ。あなたはレオとの決闘に敗れ、気絶してしまいましたから……」
「決闘……ッ」
ジルは決闘で敗れた屈辱的な記憶を思い出し、眉根に皺を寄せる。やり場のない怒りが彼の心を蝕み、憤怒の視線がマリアンヌへと向けられる。
「お前、まさかずっと俺の傍にいたのか?」
「ジルのことが心配で……でも意識を取り戻してよかったですわ♪」
マリアンヌの目元には寝ないで看病していたことを示すように隈ができている。寝不足のためか顔色も良くない。
「マリアンヌ、お前……」
「わ、私が好きでしたことですから、気にしないでくださいまし。それにジルは私のすべてですから、あなたが無事だと分かっただけで私は十分に嬉しいですわ♪」
マリアンヌはジルに喜んで貰えると期待し、看病した甲斐があったと小さく微笑む。しかし彼の答えは彼女の予想と反するものだった。
「一晩中、俺の気絶したマヌケ面を楽しんでいたのかよっ……最低な女だな」
ジルが吐き捨てるようにそう告げると、マリアンヌのただでさえ優れない顔色が真っ青に染まる。
「ジ、ジル、私はあなたのために……」
「そんなことを言いながら、どうせ心の底では俺のことを笑っているんだろ」
ジルはレオに敗れた事がショックで自暴自棄になっていた。マリアンヌからの無償の愛も、彼にとっては悪意に満ちているように映る。
「ジル、私があなたを馬鹿にするはずありませんわ……あなたは山賊の奴隷をしていた私を救ってくれた恩人ですし、それに何より私に生きる意味をくれましたわ」
「…………」
「私はあなたに救われました……あなたがいたから今まで生きてこられましたの……」
「…………」
「だから私は世界中の誰もがあなたのことを見捨ててもずっと傍にいますわ。私はあなたを愛していますから」
マリアンヌは嘘偽りない本心をそのまま口にして伝える。しかしジルの不機嫌そうに吊り上げられた眉は変わらない。イラつきを示すようにチッと舌を打つ。
「ムカツクんだよ、お前!」
「ジル……」
「何が俺を愛しているだよ。ただ俺を利用して王座を手に入れ、姉のルナに復讐したいだけなんだろ」
「そ、そんな、ジル。私は本当にあなたのことを……」
「ははは、その復讐心、理解できるぜ。ルナのせいで大聖女になれなかったもんな。恨んで当然だ。でも残念。復讐を果たしても、お前は一生大聖女になれねぇよ。だってお前は汚れた奴隷女だからな」
「ジ、ジル、な、何を言って」
マリアンヌはジルの心ない言葉に涙を浮かべる。何とか涙を流さないように耐えていたのは、彼に鬱陶しいと思われたくない彼女なりの恋心のおかげだった。
「マリアンヌ、俺は知っているんだぜ。山賊の奴隷をしていた時、随分と酷い目にあったそうだな……正直、そんなお前に抱き着かれるたびに、嫌悪感で吐きそうだったよ」
「ジ、ジル、で、でも、そんな私をあなたは助けてくれましたわ」
マリアンヌの声は唯一の生きる希望を失うかもしれない恐怖で震えていた。何とか残された希望に縋ろうと、媚びるような笑みを浮かべる。
「ははは、お前まだ俺が助けたって話を信じていたのかよ!?」
「し、信じる?」
「マリアンヌを奴隷から助け出したのは俺じゃねぇよ」
「ど、どういうことですの!?」
「姉のルナに聞いてみろよ。そしたら面白いことが分かるからよぉ……そして最後に絶望して死ねよ」
ジルはマリアンヌを拒絶すると、ベッドから飛び出して部屋を飛び出る。残された彼女は仮面の少年の正体がジルではないかもしれないという疑惑に、頭の中を困惑させるのだった。