第三章 ~『ジルからの誘い』~
スライムダンジョンを後にしたレオナールは第二都市タバサへと戻っていた。夕暮れが照らす石畳の道をユキリスと共に進む。
「旦那様、スラリンさんの計画をどう思いますか?」
「悪くないね。かなりの好条件だ」
フォックスダンジョンをスラリンと共に手に入れれば、報酬こそ山分けになるが、それでも大幅な戦力強化に繋がる。
「問題はタマモとスラリン、どちらと手を組むかだね」
「私はスラリンさんと手を組むべきだと思います」
「それはどうしてだい?」
「フォックスダンジョンは数あるダンジョンの中でもかなりの強い力を有しています。奪い取れた時の成果は大きい方が良いですから」
「それはその通りだね。ただ倒した時のリターンが大きい代わりに、敵にした時のリスクも大きくなるよ」
「それは……」
「誤解しないでね。ユキリスの提案を否定している訳じゃない。スラリンさんは僕たちにダンジョン内部を紹介してくれたし、何も教えてくれないタマモさんより遥かに信頼できるからね」
「でしたらスラリンさんと組む方が良いのでは?」
「でも僕たちはスライムダンジョンの内部構造や戦力を把握しているけど、それに対してフォックスダンジョンについては強大な戦力を有していることしか分かっていない。もしタマモさんと組めば、敗北する可能性は限りなく低くなる」
「実利を優先するか、信頼を優先するかですね」
「そういうこと。だからタマモさんと組むか、スラリンさんと組むかは決めかねているんだ。決めるためにはもっと情報を集めないとね」
レオナールたちは情報を集めるためにタバサの街の冒険者組合へと訪れる。冒険者の男たちが、木製のテーブルで酒を突き交わし、大声で笑いあっていた。
「ようこそいらっしゃいました、英雄レオ様」
冒険者組合の組合長がレオナールに声をかける。筋肉質な禿頭の男で、レオナールの前に麦酒を運んでくる。
「随分と盛況だね」
「この冒険者組合は酒場と併設されていますからね。冒険者たちは酒を飲みに来ているのか、仕事を求めに来ているのか分からない始末です……レオ様は本日何のご予定で?」
「僕が訪れたのは情報を求めてだよ」
「情報ですか。私に答えられることなら何なりと」
「なら聞くね。この街の傍にスライムが住むダンジョンがあるでしょ。そこを襲撃する計画があると聞いたのだけど、本当なの?」
「噂には挙がっていますね。ただ本当に実行するかどうか……どうせいつもの信者を集めるためのアピールですよ」
「なら襲撃は起きないと思っていいのかな?」
「可能性としては低いでしょうね。なにせダンジョンを攻略するのはお金がかかりますから。冒険者を集めるだけでも莫大な金額が必要になります」
「逆に言えば、それだけの投資をする意味があれば。襲撃は真実になるということだね」
「ですね。例えばスライムダンジョンがタバサの街を襲うようなことがあれば、すぐにでも討伐隊が結成されるでしょうし、スライムダンジョンで希少な鉱石が見つかった場合も同様です」
「おおよその状況は理解できたよ」
要するに理由さえあればスライムダンジョンは襲撃されるということである。しかしレオナールは判断できるだけの情報を有していないため、噂が本当かどうかを結論付けることはできなかった。
「おい、そこのお前」
レオナールに男が声をかける。聞き覚えのある声に反応して振り向くと、そこには聖騎士団のエリートである金髪の戦士ジルと、彼の腕に抱き着く白い髪の少女、マリアンヌの姿があった。
「…………」
レオナールは突如現れたジルたちに話しかけられ、正体に気づかれたのではないかと、ゴクリと息を呑む。手に汗が滲んでいた。
「お前が英雄レオだな。俺はジル。そしてこっちの女がマリアンヌだ」
「どうも……」
レオナールは憎悪を抑えた冷たい声で答える。その反応が気になったのか、ジルは訝し気な視線を彼に送る。
「……どこかで会ったことあるか?」
「さぁ、どうだろうね」
「俺は有名人だからな。どこかで俺のことを知っていたとしても不思議じゃないが……俺もお前をどこかで見た気がするんだよなぁ」
「気のせいでしょ」
「そうですわ、ジル。私はずっとジルと一緒ですけど、こんな綺麗な男の子見たことありませんもの」
「そうだな。きっと気のせいだ」
ジルとマリアンヌはレオナールの正体に気づかない。これは顔の火傷が消えたことと、レオナールが死んだという思い込みのおかげだった。
(まだ正体を知られるわけにはいかないからね……)
英雄レオの正体がレオナールだと知られれば、間違いなく、二人は彼を排除するために行動する。動きづらくなるのは、現状だと得策ではない。
「それで僕に何か用かな?」
「結論から伝える。俺たちの仲間になれ」
「君たちの仲間か……さぁ、どうするかな……」
レオナールはこの誘いに乗るべきかどうかを思案する。組織は外よりも中からの方が壊れやすい。パーティに潜り込み、ジルの権威を落とすのも一つの手だった。
(いや、わざわざジルのパーティを潰す必要もないか。なにせリリスを失い、リザの姿もない。パーティメンバーはマリアンヌだけだ。これではまともな冒険もできない)
レオナールは心中を隠しきれず、知らずの内に口元に笑みを浮かべていた。その表情にジルが反応を示す。
「俺たちに誘われたことが嬉しいんだな。分かるぜ。なにせ俺たちは国王から認められるほどの有力パーティだからな」
「国王から認められるか……確かに君たちは優秀なのかもしれない。ならなぜ僕なんかの力を頼るんだい?」
「それは……」
「君たちは二人しかいないようだね。君がパーティメンバーの商人を追放した映像を見たことがあるけど、他にも二人、女性の仲間たちがいたはずだ。彼女たちはどこに行ったんだい?」
「あいつらは無能だったからな。見限ったのさ」
「……つまり僕も結果を出せないと追放されるわけだ」
「それは……」
「そういうことだから、君たちの誘いは断るよ。他を当たってくれないかな」
「チッ」
ジルは露骨に不機嫌を示すように舌を打つ。しかしジルの不機嫌はレオナールにとっての上機嫌となる。口元から自然と笑みが零れていた。
「俺の誘いを断るんだな」
「同じことを何度も言わないと理解できないほど、君は馬鹿なのかな?」
「上等だ。力づくでも俺の仲間にしてやる」
「力づくね。君が僕に勝てるとでも?」
「俺を誰だか知っていて、喧嘩を売るとは良い度胸だ」
「そっちこそ。恋人の前で恥をかかせてあげよう」
ジルとレオナールが睨み合うと、二人の肩を冒険者組合の組合長がポンと叩く。
「決闘をするなら、店の裏手に修練場がある。そこで決着をつけるといい」
「渡りに船だね」
「必ず屈服させてやる」
レオナールは口元に笑みを浮かべる。復讐する機会がとうとう回ってきたと、待ち望んだ展開に心を躍らせるのだった。





