第三章 ~『スライムダンジョンとの共闘』~
ユキリスと共に大聖堂の観光を終えたレオナールは、待ち合わせの時間となったためスライムダンジョンへと向かった。
スライムダンジョンは第二都市タバサの傍にある湿地帯に位置していた。湿った土に囲まれた洞穴は、不気味な雰囲気を放っている。そんな洞窟の入口前、青髪の少女がポツンと立っていた。
「君がスライムダンジョンのダンジョンマスターかな?」
「私はスラリン。そういうあなたはゴブリンダンジョンのダンジョンマスターなの?」
「いかにも。僕はレオ。そしてこっちがユキリスだ。よろしくね」
「よろしくなの」
スラリンは無表情のままレオとユキリスに握手を求める。レオが握り返すと、その手は冷水に触れたように冷たかった。
「冷え性という言葉では説明が付かないほどに手が冷たいね。」
「スライムは自由自在に姿を変えられるの。でも中身はスライムのままだから、体温を持たないの」
「それは興味深いな……」
「こんなことが興味深いの?」
「まぁね。ただこの話は後にしよう。まずは僕をここに呼び出した理由を教えてもらえるかな?」
スラリンはキョロキョロと周囲を伺い、誰もいないことを確認すると、横一文字に塞がれた口をゆっくりと開ける。
「話とはフォックスダンジョンのことなの」
「フォックスダンジョンか……」
レオナールはフォックスダンジョンのマスターであるタマモから一緒にスライムダンジョンを潰さないかと共闘を持ちかけられていた。もしかするとそれが露呈したのではと疑いながら、話の続きを促す。
「知っているなら話は早いの。そのフォックスダンジョンを二人で潰したいの」
「三者で三つ巴の戦いとし、裏でスライムダンジョンとゴブリンダンジョンが手を組む。共闘して、フォックスダンジョンを潰す計画かな?」
「凄いの……良く分かったの……」
「スライムダンジョンとフォックスダンジョンがダンジョンバトルをする計画を立てているのは聞いていたからね。その情報に共闘というキーワードが加われば、自然と答えはでるよ」
考えることはみんな同じかと、レオナールは乾いた笑みを零す。
「二人が力を合わせれば、フォックスダンジョンに敗北する可能性はゼロなの」
「ありがたい提案だね……本当、ありがたいよ」
スライムダンジョンとフォックスダンジョン、どちらと手を組むにしろ、ゴブリンダンジョンは圧倒的に優位な立場を取ることができる。選べる立場にいることは、自分にとって有利な条件を引き出す、最高のカードになる。
「ただスライムダンジョンと手を組むかどうかの結論はすぐには出せない。なにせ自分の運命を共にする相手を選ぶ訳だからね」
「決断は信頼を築けてからということなの?」
「その通り。だから信頼するためにお願いなんだけど、スライムダンジョンを案内してくれないかな?」
「ダンジョンの中を……」
「駄目かな?」
スラリンは無表情のまま、黙り込む。思い悩むのも当然で、ダンジョンの中を案内するということは、相手に大きなアドバンテージを与えることに繋がる。例えば魔物や魔人がどれだけいるのか、ダンジョンコアの場所はどこか、ダンジョン内部の地理感を与えるだけでも、その相手と戦う時に大きな足かせとなる。つまりダンジョンを案内してくれという要望は、敵対する意思がないのなら案内できるはずだと問うているのと同義であった。
「信頼を得るためには仕方ないの。案内するの」
「そうこないとね」
レオナールは小さく手を握りこむ。これで状況はゴブリンダンジョンに大きく優位に傾いた。
「付いてくるの」
スラリンに案内されて、スライムダンジョンのある洞窟の中へと入っていく。じめじめと湿度の高い沼地が広がるダンジョンは、足場が悪く、簡単に進めない。沈んでいく足を何とか前に進めながら、ダンジョン内部へと進んでいく。
「旦那様、このぬかるんだ道に意味はあるのでしょうか?」
「あるさ。侵入までの時間稼ぎができるし、それに何より訓練した馬でないと進むことができない」
人ならば沼地を我慢して進むこともできるが、騎馬はそうはいかない。馬の機動力を奪えるだけで十分に要害としての役目を果たしていた。
「ここからが中央エリアなの」
スラリンが最初に連れてきたのは広い空間に沼地と草原が広がる湿地帯であった。そこではスライムたちがピョンピョン飛び跳ねており、主であるスラリンの姿を認めると、彼女の元へと近づいてきた。
「このスライムたちが私の魔物たちなの」
「随分と少ないね。これで戦力はすべてなのかい?」
「…………」
「隠してもいいけど、僕は君が共闘するに値する戦力を有するかどうかの見定めをしているんだ。このスライムたちしか魔物を有していないなら、同盟を組むに値しないという結論になるよ」
「分かったの……連れてくるの」
スラリンが目を閉じて何かを念じると、沼地の中から巨大なスライムが姿を現す。頭の上に王冠を乗せた魔物は、レオナールも知っている魔物だった。
「スライムキングか。スライムの中でも最強クラスの力を有する魔物だね」
「この子は私の魔物の中で最強なの。その力の一端を見せるの」
スラリンの合図を受けて、スライムキングは姿を変えていく。液体状の肉体が筋肉質な肉体に姿を変え、肌黒い成人男性へと姿を変えた。
「変身できるんだね」
「もちろん変身能力以外にも戦闘向けの能力も有しているの」
「へぇ~」
「これでスライムダンジョンの実力は分かって貰えたの?」
「実力はね。ただまだ信頼した訳じゃない。なにせスライムキングが本当に最高戦力かどうかの保証もないしね」
「随分と疑り深いの」
「だから君をもっと信頼するために教えて欲しい。スラリンの職業はなんだい?」
スラリンはレオナールの問いに無表情な表情を崩さないまでも、瞳の奥に強い拒否反応を示していた。それを察し、レオナールは小さくため息を吐く。
「教えられないということだね」
「私の職業は露呈すると、簡単に対策を打たれるの……」
「僕の職業を教えるとしても?」
「ごめんなさいなの」
「いいや、僕の方こそ申し訳ない。無茶なお願いだったよ」
レオナールは小さく頭を下げる。ただし彼はスラリンの職業を知ることを諦めたわけではなかった。
(僕は鑑定で相手の職業を調べることができる。教えて貰った職業と調べた職業に差があれば、僕を騙そうとする意図があるかどうかを確認することができたんだけどね……)
レオナールは教えてくれないなら仕方ないと、商人のジョブスキルである鑑定の力を使い、スラリンの職業を確認する。そこにはスライムブリーダーと記されていた。
(スライムブリーダー、見たことのない職業だ)
スラリンは職業から弱点を推察されると言ったが、職業名からではどんな能力か想像できず、現状では何もすることができない。
(弱点が露呈するとは断るための方便で、ただ用心深いだけなのかも。それとも聞く人が聞けば分かるのかな)
レオナールは思案を巡らせるが結論に辿り着かない。とりあえず情報を頭の隅に追いやることに決めた。
「最後に質問いいかな?」
「どうぞなの」
「いくら同盟を結ぶといってもダンジョンバトルにはリスクがある。そのリスクを負ってでも、フォックスダンジョンを潰したい理由が何かあるのかい?」
「フォックスダンジョンに恨みはないの。ただ私には力が必要なの」
「力を求める理由はなにかな?」
「第二都市タバサの大聖女が私のダンジョンを襲撃する計画を立てていると聞いたの。その計画から身を守るためにも戦力強化は必須なの」
「なるほど。それは死活問題だね」
都市が丸ごと敵になれば、スライムダンジョンの戦力では守り切れない可能性が高い。力を求める理由として十分納得できた。
「ありがとう。スラリンから貰った情報を元に君と同盟を結ぶかどうか考えてみるよ」
「前向きな答えを期待しているの」
レオナールは欲しい情報が手に入ったと、スライムダンジョンを後にする。その背中を、スラリンはジッと見つめ続けていた。





