第三章 ~『第二都市タバサでの活動』~
レオナールはスライムダンジョンのダンジョンマスターと会うために、第二都市タバサを訪れていた。
第二都市タバサは大聖堂を中心に、礼拝堂や美術館が並ぶ宗教都市である。大聖堂から少し離れた場所には観光客目当ての商店が立ち並び、人で賑わう活気のある街だった。
「旦那様、実は私、この街に来るのは初めてなんです」
「僕もだよ。約束の時間まで余裕があるし、少し街を観光していこうか」
「はい」
第二都市タバサの商店は日用雑貨や食品だけでなく、宗教関連の商品も多い。特に目に付くのが聖女の肖像画だ。
「この街は聖女様が治めている街なんですよね?」
「おおむね正しいね。ただ正確には聖女ではなく、大聖女だけどね」
「大聖女ですか?」
「聖女の中でも清い心を持った人間に授けられる称号だそうだよ。その大聖女が都市長の座に就任するのが通例だそうだね」
「選挙はあるのですよね?」
「もちろんね。ただ街の人たちは大聖女の信者だからね。結果は火を見るより明らかだから対立候補すら出ないそうだよ」
「それほどの信仰を集める人物なら一度見てみたいですね」
「それならあの人がそうじゃないかな」
レオナールは露天商が販売している肖像画を指差す。そこには歴代の大聖女の自画像が年代順に並べられており、誰が現在の大聖女かは一目瞭然だった。
「綺麗な人ですね」
白い髪と翡翠色の瞳に、穏やかな顔つきは、ゴクリと息を呑むほどに美しい。陽光が反射することで、まるで後光が差しているかのような神々しさが絵から放たれていた。
「凄く綺麗な人ですね」
「だね。ルナさんというらしいよ……ただ僕は好きになれない顔だ」
「どうしてですか?」
「ルナさんは僕を追放したマリアンヌの姉だそうだからね。さすがに姉だからと恨んだりしないけど、嫌いな人の顔に瓜二つだと、どうしても好きになれないよ」
「旦那様……」
「それにしても大聖女様はみんな美人ばかりだね。特にこの人なんかは凄く綺麗だ」
レオナールは黒髪の大聖女を指差す。天使のようにつぶらな瞳と、整った顔立ちは、どこか彼と似た面影があった。
「ナタリア様ですね」
「知っているの?」
「もちろん。なにせ旦那様のお母様ですから」
「え……」
レオナールは開いた口が塞がらないまま、驚きの言葉を漏らしていた。
「聖女様について調べられていたので、ご存じかと思っていました」
「僕が大聖女について調べたのはマリアンヌに復讐するネタがないかを探るためだからね。自分のことがおざなりになっていたよ」
「ふふふ、旦那様らしいです」
「でも大聖女が僕の母親か。何かに利用できるかもしれないな」
レオナールが王座を手に入れるためには、都市長の支持を手に入れる必要がある。そのためには大聖女の支持を獲得することは必要不可欠であった。
「旦那様、都市長の地位を得るなら、現在の大聖女様を越えなければなりません。しかし彼女の人気は歴代でも髄一だそうです。ほら、見てください。街で売られている自画像も、そのほとんどが彼女のモノです」
「それについては僕も情報を収集していたから知っていたんだ。大聖女の人気の理由はその美しい外見と、奇跡の力にあるそうだよ」
「奇跡の力ですか?」
「なんでも死んだ人間を生き返らせることができるそうだね」
「そんなこと可能なのですか?」
「僕は不可能だと思う。けれど大聖女は何人もの人間を生き返らせた実績があるそうだ。しかも一人ではなく、複数人を生き返らせ、蘇生の奇跡を目撃した人間も大勢いるそうだ」
「それならば本当に……」
ユキリスはゴクリと息を呑む。死んだ人間を生き返らせることができるのであれば、大聖女の人気が落ちることはない。それはすなわちレオナールが都市長の地位を奪い取ることが困難であることを意味した。
「あれ、もしかして、あなたパン屋さん!」
レオナールを呼ぶ鈴の音のような声が響く。振り向くとそこには金髪蒼眼の少女、リリスの姿があった。
突然のリリスとの邂逅に、ユキリスは顔を見られないように、外套の陰になるように顔を俯かせる。リリスはユキリスを一瞥すると、すぐにレオナールへと向き直った。
「パン屋さんはどうして第二都市タバサにいるの?」
「それは……知り合いと会うためだよ」
「知り合い?」
「仕事でお世話になる人がこの街の近くに住んでいてね。その人と商談をするために、ここまで来たんだ」
「そういうことだったのね。それにしても街を跨いで仕事をしないといけないなんて、パン屋さんも大変なのね」
「ははは、そうだね」
レオナールはダンジョンマスターとしての活動だと口にすることはできないため、乾いた笑みを浮かべて誤魔化した。
「リリスさんの方こそ、どうしてこの街に?」
「実はある噂を聞いたの……」
「もしかして大聖女が人を生き返らせることができるという噂?」
「パン屋さんも知っていたのね。私はその噂話に縋るために、この街に来たの」
「リリスさん……」
「私はレオナールを裏切って、自殺に追い込んでしまった……だからあの人を生き返らせてほしいと、大聖女様に頼むつもりなの」
「リリスさん、残酷なようだけど人は生き返ったりしないよ。死ねば、それまでさ」
レオナールは大聖女の話を疑っていたし、それに何より大聖女の力が本物だとしても、彼はレオという名前で、こうして生きているのだ。無駄なことは止めろと彼は続けるも、リリスはゆっくりと首を横に振った。
「パン屋さんの言いたいことは分かるわ。でも私は大聖女様に縋るしかないの。レオナールを救うにはこれしか方法がないから……」
「…………」
「レオナールを失ったあの日から悪夢が終わらないの。毎晩、毎晩、夢の中で悲しい顔をした彼が首を吊って死んでいくの……私が裏切らなければ、きっとレオナールは死ななかったのに……最後まで傍にいてあげられなかった自分が許せないの」
「…………」
「だから私はどんなことをしてでも、レオナールに会いたい。そして謝りたい。私が間違っていたと伝えたいの」
「リリスさん……」
「私、そろそろ行くね。一刻も早くレオナールを生き返らせないといけないから」
リリスは手を振ると、大聖堂へと向かう。その背中をレオナールは寂しげに見つめていた。





