第三章 ~『ランスとレオナールの模擬戦』~
ランスがゴブリン親衛隊のリーダーとなってから、宿泊施設は初心者冒険者で賑わっていた。その大きな要因となったのは食事や酒、そして寝床の提供に加え、リーダーがランスであることも大きな要因となっていた。
ランスは初心者冒険者たちの兄貴分のような存在だった。冒険者同士で揉め事があると仲介に入り、トラブルで思い悩む冒険者の相談に乗ることも一度や二度ではなかった。
集まってきた冒険者たちはランスの言葉を信じ、ゴブリンたちと共生した。共に暮らすと親愛の情も生まれてくる。宿泊施設に寝泊まりする冒険者たちは、いつしかゴブリンたちに好感を抱くようになっていた。
「ランスさん、元気にしていたかい?」
レオナールはランスの元を訪れる。彼は宿泊施設の傍にある演習場で槍を突く練習をしていた。
「レオ、久しぶりだな」
「もしかして修練の邪魔をしてしまったかな?」
「いいや、丁度終わろうと思っていたところだ。気にしないでくれ」
「それなら良かった。それよりも今の槍捌き、ランスさん、かなり強くなったんじゃないの」
「分かるか? 実はそうなんだよ。これもすべてゴブリンたちのおかげさ」
「ゴブリンによる模擬戦闘のことだね」
ダンジョンは内部で戦闘が発生すると経験値を得る。その経験値がダンジョンレベルに紐づいており、毎日の収入にも影響してくる。
そんな経験値を得るためにレオナールが選んだ手段こそゴブリンたちとの模擬戦闘であった。その戦闘が行われた場所がダンジョン内部であれば、仮に模擬戦闘だったとしても得られる経験値は変わらない。ゴブリンたちが殺されることなく、経験値を得るための施策であった。
「模擬戦闘だから、俺たち冒険者は安心して挑むことができるし、勝てば、ゴブリンたちが褒美に装備をくれる。しかも貰える装備の中には上級冒険者が使うような武器も含まれているんだぜ」
褒美として渡しているのは、ゴブリンダンジョンに仇なす奴隷商人や上級冒険者たちが装備していたモノだ。彼らは初心者冒険者と比べると、実力が高く、それに比例するように装備の質も高い。初心者冒険者たちが喜ぶのも当然だった。
「ランスさん、よければ僕とも手合わせしてみるかい?」
「俺がレオとか……だが俺なんかが勝てるはずが……」
「怪我をさせないように手加減してあげるよ。それにもし僕に傷一つでも付けることができれば、パンを一年間無料にしてあげよう」
「そこまで譲歩されて、断れば男が廃る。俺の成長した実力がどこまで通じるか試してみるのも悪くねぇ」
ランスは槍を構えて、レオナールと対峙する。彼は穂先をレオナールへと向けて、重心を低くして構える。対するレオナールはいつもと変わらない自然体のまま対峙した。
「構えなくていいのかよ?」
「僕の心配をするなんて随分と余裕だね」
「……遠慮はいらないってことか」
ランスは腕を滑らせて、槍を突き刺す。放たれた槍の穂先は風を切ってレオナールを襲うが、その槍が彼に届くことはなかった。槍の穂先をレオナールが指一本で受け止めたのだ。
ランスはそれでも諦めずに何度も槍を放つ。しかしそのすべてを指一本で防がれてしまう。実力の差は圧倒的だった。
「俺の降参だ。レオ……いや、レオさんは強いな」
「ランスさんも強くなったよ。レベルの低いゴブリンではもう太刀打ちできない強さだ」
「指一本で止められた後に褒められても嬉しくねぇぞ」
「ははは、さすがに僕に勝つのはまだ無理だよ。でも君には才能がある。このままゴブリンたちと共に暮らせば、きっと上級冒険者くらいにならすぐになれる」
「本当か?」
「本当さ。僕が保証するよ」
ランスはレオナールとの模擬戦を通じて彼の実力に敬意を抱くようになっていた。そんな彼から才能があると褒められては、ランスの頬が緩むのも仕方のないことであった。
「おい、ここに人がいるぜっ!」
演習場に人相の悪い男たちが姿を現す。毛皮を着た男たちは冒険者とは異なる危険な雰囲気を醸し出していた。
「ランスさんの知り合いではないよね?」
「まさか……おい、お前たちは誰だ!?」
ランスの声に、禿頭の男が一歩前へ出て反応する。男は腰から剣を抜いて構える。
「俺たちは山賊だ。死にたくなければ、おとなしく投降しろ」
禿頭の男は下卑た笑みを浮かべてそう宣告する。レオナールはそんな彼を見て、何かを企むように笑みを浮かべた。





