第三章 ~『ランスとゴブリンの歓迎』~
ゴブリンダンジョンの入り口前で、レオナールはパンを露店販売していた。売られているパンは人件費や利益を度外視し、味だけを追求したため、虜になっている者も多い。槍使いの初心者冒険者もそんなファンの一人だった。
「今日も買いに来たぜ……パン屋じゃないな。英雄レオさん」
レオナールはアンデッドダンジョンを攻略したことで冒険者の中で知らぬ者がいないほどの有名人になっていた。
「英雄もさんもいらない。レオで構わないよ」
「ならお言葉に甘えて。レオ。今日もよろしくな」
「お兄さんの名前は何ていうの?」
「俺はランス。槍使いのランスだ。いずれレオのように英雄と称えられる予定の男だ」
ランスは輝くような青髪と整った顔立ちから怜悧な男という第一印象を与えるが、ひとたび笑うと、人懐っこい子犬のような笑みを浮かべる。冒険者の友人も多く、人望に厚い男であった。
(ランスさんなら計画に打ってつけの人材かもしれない)
レオナールは何かを企むように口角を吊り上げる。ランスはレオナールの笑みを英雄になる決意を笑われたと思ったのか、彼は眉根を寄せる。
「言っておくが俺は本気だぞ。必ず英雄になってやる」
「疑ってないよ。ランスさんなら英雄になれるさ」
「それなら良いが……それよりもなぜレオはそれほどの実力を持ちながら、パン屋なんかをしているんだ?」
「趣味だよ。僕は美味しいパンをお客さんに食べて貰うのが何よりも生き甲斐だからね」
「道楽って奴か。本当、レオは凄い男だよ。冒険者としての実力も高いのに、パンの腕まで優れているんだからな」
「ははは、ありがとう……そういえば、ゴブリンダンジョンに新しい通路ができていたよ」
「新しい通路? 二階層ではなくか?」
「そう。しかも入口のすぐ傍だよ」
「ゴブリンダンジョンの魔人は何を考えているんだろうな……」
「とにかく一度試してみたら」
「だがなぁ……新しくエリア拡張された場所は罠が張られていることも多いからなぁ……」
ダンジョンマスターがエリアを増やす最大の理由は防衛力を高めるためだ。そのため新しいエリアには強い魔物が配置されていたり、罠が張られていたりする可能性は高い。そのリスクを負うべきかどうかを、ランスは決めあぐねていた。
「心配なら僕も付き添うよ」
「本当か!?」
「本当だとも」
「英雄レオが一緒なら安心だ。よろしく頼む」
レオナールとランスはダンジョンの中に入ると両端を土色の壁で覆われた細道を進んでいく。いつも通りの光景が少しの間続くが、道中で二又に分かれる交差路に辿り着く。
「レオの言う通り、新しい道ができているな。しかもなんだこの看板……」
看板には新しい道への矢印と、温泉に浸かるゴブリンの絵が描かれていた。
「罠か……だがそれならなぜ温泉なんだ? 誘い込むなら宝石の絵でも描けば良いだろうに」
「本当に温泉があるのかもね」
「ダンジョンに温泉なんて聞いたことがねぇぞ」
「でもこのダンジョンは今までの常識に囚われないことが多いでしょ。例えば魔物が人を殺さないとか」
「言われてみればそうだな。それに行ってみれば答えは分かるか」
「だね。行動あるのみだよ」
レオナールたちは看板の示す矢印の方向へと進んでいく。道中、魔物は現れない。ただ細い道が続くだけであった。
「ランスさん、この匂い!」
「硫黄の匂いだ。まさか本当に……」
道を進むにつれて、卵が腐ったような匂いが強くなっていく。細道を抜けて、大きな空間へと飛び出すと、そこには信じられないような光景が広がっていた。
「グギギギギッ」
ゴブリンの大群がエプロンを付けて頭を下げている。まるで王を歓待する家臣のようにレオナールたちを出迎える。
「このゴブリンたち、俺たちを歓迎しているのか……」
「そのようだね。付いて行ってみよう」
ゴブリンたちは湯気が立ち込める広い空間を迷いない足取りで進む。ゴブリンが連れてきたのは、温泉旅館のような宿泊施設だった。
「グギギギギッ」
「建物の中に付いてこいってことだよな?」
「間違いないだろうね」
宿泊施設は豪華でこそないが、質素の中に品の良さが見え隠れする風情ある内装になっていた。
ゴブリンは宿泊施設の廊下を進み、湯気が立ち込める浴場へと案内する。湯気で視界が悪いが、室内と露天にそれぞれ一つずつ温泉が設置されていた。
「グギギギギッ」
「きっとこの温泉に入れと言いたいんだよな」
「だろうね」
「だがさすがに槍を持ちこむわけにもいかないから、無防備な状態になるのは避けられない。俺も温泉で汗を流したいところだが、さすがに入るわけには……」
「ランスさん。きっと温泉に入っても問題ないよ」
「だがダンジョンで温泉なんて、いくら何でも油断しすぎじゃ」
「このダンジョンの魔物は命まで取らないし、ゴブリンたちの態度も友好的だ。それに何より僕もいるんだよ。もし襲われることがあれば、僕が責任を取って、ゴブリンたちを倒すよ」
「レオがそこまで言うなら……」
ランスは渋々ながらもレオナールとゴブリンたちを信じ、装備を置いて、温泉に入る。暖かい湯が全身の疲れを取り除いていく。
「あ~いい湯だ。生き返るな~」
「だね」
「グギギギギッ」
ゴブリンたちが果実酒を二人の前に運んでくる。ここまでくれば、ランスもゴブリンの意図を悟る。厚意に甘えて、果実酒を手に取る。
「この酒、飲みやすくて美味しいぞ。レオも飲んでみろよ」
「僕はお酒を飲めないんだ。ランスさんが楽しんでよ」
「なら遠慮なく」
ランスは果実酒を浴びるように飲む。酔いと共にゴブリンに対する警戒心も消え去っていく。
「本当、このダンジョンは最高だ。殺される心配はないし、温泉と旨い酒もある。それにゴブリンたちもこれだけ尽くしてくれれば可愛く見えてくる。魔物と人間は仲良くできるかもな」
「無用な争いはないに限るからね」
「よし! このダンジョン、俺の友人たちにも教えてやるとするか」
「それはいい考えだね。人が多いほど、ゴブリンたちも喜ぶだろうからね。ただ誘う冒険者は……」
「分かっているよ。ゴブリンに酷いことをするような奴は誘わない。あくまで仲良くできる奴だけだ」
ランスは目を細めて、誰を誘うべきかを頭の中で選定する。しかし彼はまだ気づいていない。同じ湯を共にするレオナールの策略に巻き込まれていることに。





