プロローグ ~『ジルの焦りとマリアンヌの溺愛』~
ジル率いる冒険者パーティは、裏からパーティを支えていたレオナールを失ったことで結果を出せないでいた。
「クソッ」
聖騎士団のエリート百人長であり、冒険者パーティのリーダーでもあるジルは、焦りと苛立ちから声をあげる。彼は周囲の者たちの自分へ向ける視線が、英雄を仰ぐ期待の眼差しから、落伍者を見下すような蔑みの眼差しへと変わっていくことを何よりも恐れていた。
「世の中クソばかりだっ! リリスも、レオナールも、そしてリザも最低の奴らだ」
ジルはリリスとレオナールを追放した後、成果の出せない苛立ちから仲間たちに粗暴な態度を取り続けた。それに嫌気が差したリザは、パーティから離れてしまったのだ。貴重な戦力の損失に、ジルはさらに苛立ちを募らせたが、一人彼の傍から離れない者がいた。
「ジル、リザがいなくなっても私がいるではありませんか」
「マリアンヌ……」
マリアンヌ。ロト王国の姫であり、ジルの婚約者でもある彼女は、白い髪と翡翠色の瞳を輝かせて、そっと彼の手を取る。
「パーティから人がいなくなってもよろしいではありませんか。また増やせばよろしいのですわ」
「簡単に言うが、リザほどの戦力は簡単に手に入らない。それに俺には悪い噂が流れている。まともな奴は俺の下で働こうとは思わない」
ジルは都市長候補だったクリフとゲイルが関与していた無実の者を犯罪奴隷に堕とすビジネスに加担していたという噂を流されていた。
その噂が流れているせいで、正面からジルを非難する者こそいないものの、市井の者たちは彼を将来有望な聖騎士ではなく、犯罪の容疑者として疑っていた。
「私はジルが奴隷ビジネスに加担していたなんて信じていませんわ」
「信じてくれるのはマリアンヌだけだな」
「当たり前ですわ。なにせジルは私を救ってくれた、王子様ですもの。人を奴隷に堕とすような真似するはずがありませんわ」
「俺が王子様か……」
ジルは意味ありげな苦笑を漏らす。マリアンヌは彼に親愛の情を伝えるために、腕を絡めて、頬を寄せた。
「ジル、私はあなたのことを愛しておりますの」
「俺もだよ、マリアンヌ」
「故にジル。愛するあなたには再び名声を取り戻して欲しいの」
「何か考えでもあるのか?」
「実は私に名案がありますのよ」
「名案?」
「ジルはアンデッドダンジョンから首都エイトを救った英雄を知っていますか?」
「あの事件か。もちろん知っている。なにせ新聞にも大きく掲載されたし、聖騎士団にも大きく関係していたからな」
あの事件とは首都エイトをモンスターが襲撃するとの情報があり、それを食い止めるために、聖騎士団と冒険者たちがアンデッドダンジョンへと進行したというものである。
「確か……冒険者レオによって魔人が討伐されたとか……」
「その冒険者レオですが、街の英雄として称えられていますの。彼をもし私たちのパーティに勧誘することができれば……」
「俺たちのパーティの戦力は強化されるし、名誉も回復することができる! 素晴らしいアイデアだ。さすがは俺のマリアンヌだ」
「うふふふ、俺のなんて照れてしまいますわ。私はジルが喜んでくれるだけで嬉しいのですわ」
ジルは機嫌を直し、冒険者レオを勧誘するべく動き始める。しかし彼らは知らなかった。冒険者レオが、かつて追放した商人のレオナールと同一人物であることを。そしてこれが地獄の始まりであることを気づいていなかったのだ。