第二章 ~『ゴブリンダンジョンのマスター』~
「ゴ、ゴブリンダンジョンのダンジョンマスターだとっ!」
ガイアはゴクリと息を呑む。と同時にすべてを悟る。千人の聖騎士たち。ダンジョンバトルのタイミングで襲撃してくるのはあまりに都合がよすぎた。
「まさかお前が……」
「うん。ご察しの通り、ダンジョンバトルを有利に進めるために、聖騎士団を送り込んだんだ」
「やはりお前が……お前もダンジョンマスターなら自分の配下を使って勝負しろ!」
「いやだよ。僕はね、部下には優しくありたいと考えているんだ。君の軍勢と正面からぶつかれば、もしかしたら何人か命を落とすかもしれないだろ。だからさ――」
レオナールは背後にある入口へと続く通路に視線を送る。そこからゴブリン、ゴブリンメイジ、ゴブリンチャンピオンの軍勢が現れる。続くように九尾の狐とゴブリン竜騎兵、エルフたちも姿を現した。
「ユキリス、来てくれたんだね」
「旦那様にお会いするためなら、私、世界の果てでも馳せ参じます!」
「うん、ありがとう。さて役者が揃ったことだし、ゴブリンダンジョンの全勢力と、壊滅寸前のアンデッドダンジョンでダンジョンバトルだ」
「ま、待て、待て、待ってくれ! 俺には聖騎士団の団長がいる。貴様は魔物を失うのが嫌なのだろう。戦闘になれば何人か死ぬぞ」
「何が言いたいの?」
「休戦してやる。それで手打ちだ」
「クククッ、聞いたかい、ユキリス。休戦だってさ」
レオナールは底冷えする笑みを浮かべると、絶望の言葉を続ける。
「ガイアさん、君はもう詰んでいるんだ。まず君の触れた相手を魔物に変える力。僕は鑑定スキルを持っているからね。特性はすべて把握している」
「なっ……」
「一日に一度しか使えず、スキルを保有しているだけで寿命を消費していく欠点があるね。さらに生み出した魔物は三種類の行動しかできない。一つ目は攻撃。術者であるガイアさん以外の者を無差別に襲う。二つ目は防御、術者が危険に晒されると守るように行動する。三つ目は停止。何もせずに動きを止める。この三つ以外の詳細な命令はできず、術者が命を失うと魔物に変えられた人は元の姿に戻る。何か訂正すべき点はあるかい」
「ぐっ……だ、だが、能力について露呈したところで、貴様らを襲わせることは可能だ」
「はたしてそうかな。九尾の狐は幻覚魔法が使えるんだ」
九尾の狐が一歩前へ出ると、骸骨に変わったマイクに幻覚魔法をかける。彼にかけた魔法は、ガイア以外の人や魔物がガイアに見え、ガイアが別人に見えるという内容だった。それを説明すると、ガイアは額から汗を流した。
「理解できたようだね。幻覚魔法でマイクさんは君が術者だと認識できない。こんな状態で攻撃と防御の命令は上手く機能しない。いいや、それどころか十中八九、マイクさんはガイアさんを襲うはずだよ」
「ただのはったりだ……」
「なら試してみなよ。自分の命を賭けることになるけどね」
ガイアはマイクに何も命じることができない。もしレオナールの言うことが正しければ、マイクはガイアを襲うことになる。自分の命を危険に晒してまで確認する勇気が彼には持てなかった。
「マイクさんは助けてくれない。戦えるのは君だけだ」
「全員で俺をいたぶろうってことか」
「そんなことしないよ。君には絶望を味わってほしいからね」
レオナールはガイアとの間合いを詰めると、彼の首をガッシリと掴む。そしてマネードレインを発動し、彼に投資された金をすべて奪い取る。
「スキルは寿命が縮むから残してあげたけど、他の力はすべていただいた。君の身体能力は子供より劣っているはずだよ」
「な、なんだと……」
レオナールは首から手を放して、ガイアを自由にする。彼は全身に感じる倦怠感からレオナールの言うことが真実なのだと理解した。
「ガイアさん、無能になった気分はどうかな?」
「クソオオオオオッ」
「君のトドメは僕より相応しい人にお願いするよ」
レオナールは棍棒を手にしたゴブリンを前に出す。それはガイアが馬鹿にしてきた脆弱な魔物であった。
「君は僕の友人であるエルフやゴブリンを馬鹿にした。その雪辱は彼に晴らしてもらう」
「グギギギッ」
「遠慮しなくていいからね」
「グギギギッ」
ゴブリンが一歩一歩近づく。本来の実力なら指一本で倒せる相手。しかし無能になった現在のガイアにとって、迫り来る脅威を止めることはできなかった。
「グギギギッ」
ゴブリンが棍棒でガイアの頭を何度も叩く。頭蓋骨がへこみ、頭から血を流していく。最後には息絶えて、硬貨になって散らばった。
「ありがとう。僕たちの勝利だ」
レオナールの一言にゴブリンダンジョンのエルフたちは歓声をあげる。その瞬間、彼の脳裏に『アンデッドダンジョンのマスター権限を取得しました』とのメッセージが浮かんだ。彼は口元に笑みを浮かべ、二つ目のダンジョンを手に入れたことを喜んだ。