第一章 ~『ジルとリリスのお茶会』~
ダンジョンから帰還して三か月が経過した。レオナールの生活は相変わらずの平穏な日常が続いている……かに思えていた。
「リリス、今晩何か食べたいものとかあるかな?」
「ごめんなさい、レオナール。今日の夜は予定があるの」
「それは残念だ……最近、リリス変わったよね。お洒落になったね」
「そ、そうかな……」
顔の火傷が治る前のリリスは村娘のような素朴な恰好をしていた。しかし最近の彼女は違う。貴族の令嬢のように絹のドレスと輝く装飾品を身に着け、身綺麗にするようになっていた。
「それにどこかに出かけることが多いけど、誰かと会っているの?」
「え、ええ……ジルに誘われて……」
「ジルね……」
「最近、食事に誘ってくれることが多くて。仲間だし、友好を深めようと」
「そうだね。仲間だもんね」
レオナールは悲し気な表情を浮かべるが、リリスはそれに気づかないまま、家を後にする。彼は嫌な胸騒ぎを感じていた。
(もしかして二人は……)
レオナールは彼にとって最悪の想像を思い浮かべる。だが仮にそうだとしても彼にできることはない。なぜならリリスとは家族同然に育ってきたが、恋人同士ではないからだ。
(家族として心配だ。そう、これは家族として知る権利があるだけなんだ)
レオナールはリリスに見つからないようにこっそりと後を付ける。彼女はジルと会うことが楽しみなのか鼻歌まじりに町中にあるカフェを訪れた。
「こっちだ、リリス」
レストランのテラス席にジルが座っていた。手を振ると、リリスは満面の笑みを浮かべて、向かいの席に座る。
「レオナールの奴には止められなかったか?」
「平気。レオナールは昔から鈍いから」
「そうか。それなら良かった。あいつに気づかれると面倒だからな」
「だね」
二人は楽しそうに談笑する。その様子を傍で眺めていたレオナールの耳に、通行人の声が入ってくる。
「見て、あの二人!」
「美男美女でお似合いね」
「本当、素敵なカップルだわ」
通行人の言う通りであった。火傷の治ったリリスはこの世の者とは思えないほどの美貌を有していた。そしてジルもまた女性なら誰でも心揺らされるような美丈夫である。もしリリスと共に談笑していたのがレオナールであれば、通行人は不釣り合いなカップルだと笑っていただろう。
(もう帰ろう……)
レオナールは肩を落として、来た道を戻っていく。気づくと、ポタポタと涙が頬を伝っていた。
「あれ、なんでだろう、涙が……」
レオナールは道中で足を止める。すれ違う人たちは何事かと足を止めるが、彼の焼き爛れた顔を見て、すぐにその場を後にした。
「どうかしましたか?」
そんな中、一人の女性がレオナールに声をかける。外套を頭から被っているため正面からしか見えないが、鼻筋の通った赤い瞳の少女が彼の顔を心配そうに見つめる。
「悲しいことがあったのですか?」
「いいや。悲しくはないんだ。むしろ家族が幸せになれるチャンスなんだ」
「ならあなたはなぜ泣いているのですか?」
「なぜなのだろうね。それは僕にも分からないんだ……」
外套を被った少女は慰めるようにレオナールの瞳から零れ落ちた涙をハンカチで拭う。
「元気を出してください。きっとあなたは幸せになれます。私が保証しますから」
そう言い残して、少女はレオナールの前から立ち去った。この出会いが運命だと、まだレオナールは気づいていなかった。