第二章 ~『ダンジョンバトル当日』~
ダンジョンバトル当日。アンデッドダンジョン前には千人の聖騎士が隊列を組んで並んでいた。乱れのない規律ある隊列と、白銀の鎧を身に纏う彼らは非常に頼もしく見えた。
またダンジョン前には聖騎士以外の者たちも存在する。いくつかの小集団で構成された冒険者チームである。数こそ聖騎士よりも少ないが、ダンジョン攻略の専門家という意味では彼らも十分頼りになる。
「もしかしてそこにいるのは!」
聖騎士団団長マイクが人懐っこい笑みを浮かべてレオナールに声をかける。
「マイクさん」
「やっぱり。都市長の秘書さんも参加するんですか?」
「僕も一応冒険者の端くれだからね」
レオナールはアンデッドダンジョンに挑戦する前に冒険者協会で登録を済ませていた。登録証をマイクに見せる。そこにはレオという名前が記されていた。
「秘書さん……いえ、レオさんとお呼びしても?」
「うん。構わないよ」
「ではレオさん。今回の戦いでは無理をしなくても良いですよ。なにせ私が指揮を執りますから。聖騎士の戦力だけでも十分攻略できます」
「マイクさんが指揮を執るなら、間違いないでしょうね」
マイクはそう言い残すと、聖騎士の千人隊へと戻り、ダンジョンへの進行を命じる。隊列を組んだ聖騎士たちが進む。その背中を追いかけるように、雇われ冒険者たちもダンジョンの中へと入った。
「僕も付いていくか……」
聖騎士の千人隊はダンジョンの細道を通り、一歩ずつ進んでいく。
(ゲイルさんの戦いと同じ展開になるなら、この先の部屋で……)
レオナールの予想は当たっていた。正方形の広い空間に骸骨兵士たちが隊列を組んで並んでいた。さらに背後には骸骨の魔法使いと骸骨の騎兵も待機している。
さらに骸骨の魔物たちに守られるようにガイアの姿もあった。千人の聖騎士たちを前に、さしもの彼も焦りの汗を流している。
(ガイアの焦りも当然といえば当然。ダンジョンバトル当日に人間たちが進行してくるなんて思ってもみなかっただろうからね)
この部屋に並べられている軍勢もおそらくはゴブリンダンジョンへと進行するための兵士たちだったに違いない。
(ガイアは僕の顔を知らない。見つかってもきっと冒険者の一人くらいにしか思わないはず)
レオナールが恐れていたのは、聖騎士たちに戦力を回すのではなく、レオナールへと戦力を集中されることだった。
(今回ガイアが強敵だと想定しているのは、聖騎士団団長のマイクさんだ。きっと彼に戦力を集中させるはず)
マイクの周りには聖騎士団の精鋭が集まっている。彼を倒すためには、ガイアは大きな損害を覚悟しなければならない。
(ガイアさんの戦力が消耗したところを僕が叩く。聖騎士とアンデッド。存分に戦ってもらうとしよう)
レオナールの心中に応えるように戦闘が始まった。聖騎士団が突撃を始めたのである。それに応えるように骸骨兵士たちも動く。
(数はどちらも同じく千人程度。しかし質が違いすぎる)
骸骨兵士の課金額は少ないのか、聖騎士たちの刃で切り伏せられていく。またマイクの指揮が上手く、彼は骸骨兵士に人手を割くことなく、もっとも厄介な骸骨の魔法使いを集中的に攻撃していた。
(骸骨騎兵がそろそろ動くかな)
聖騎士たちが骸骨兵士の壁を突破し、骸骨魔法使いに攻撃を仕掛けようとしたその時。骸骨騎兵が横から襲い掛かる。馬上からの騎兵攻撃。聖騎士では防ぎきれない、かと思いきや、聖騎士たちは高さというハンデを抱えながらも互角に戦っていた。
(ゲイルさんの部下よりも強い聖騎士たちだ……騎兵とほぼ互角かな)
主力の騎兵が聖騎士により足止めされているせいで、じわりじわりと骸骨魔法使いの数が減っていく。
このまま進めば聖騎士の勝利で終わる。しかしそれを易々と許すガイアではなかった。聖騎士に対して骸骨兵士たちが自爆特攻を開始したのだ。
聖騎士一人に対して、一体の骸骨兵士が抱き着いて動きを封じ、別の一体が抱き着いた骸骨兵士ごと聖騎士を剣で串刺しにしたのだ。
(これなら弱兵の骸骨兵士でも十分聖騎士を殺せる。ただしその代償として骸骨兵士側にも損害が出ている)
それも当然のことで、一体の聖騎士を倒すのに、一体の骸骨兵士を必ず犠牲にするのだ。しかも聖騎士の中には骸骨兵士の自爆特攻を何とか捌ききる者もいる。その場合、複数体の骸骨兵士を犠牲にしている。被害は圧倒的にアンデッドダンジョン側の方が大きかった。
(ガイアの狙いは聖騎士を倒して硬貨に変えること。味方の骸骨兵士の犠牲も硬貨から魔物を復活させる能力で回収するつもりだから、躊躇いなく使い捨てているのだ。しかしこの戦略には弱点がある。この乱戦の中で、いちいち硬貨を拾っている余裕のある者がいないことを前提にした作戦だ)
レオナールはガイアが特定領域の硬貨を消費し魔物を生み出す能力を有していると知っていた。故に能力に対する対策を立てていた。
(戦闘には参加せず、黙々と硬貨だけを拾う者を配置すれば、簡単に対策できる)
床に散らばった硬貨。注視しないと気づけないが、その硬貨が一枚、また一枚と突然消えてなくなる。
これはレオナールの指示の元、透明化したアンデッドゴブリンが硬貨を回収しているからであった。
(相手の戦力を奪い、こちらの資金源に変える。一石二鳥の一手だ。でもすぐにガイアさんも気づくはず……)
本来あるはずの硬貨が姿を消すのだから、ガイアが気づかないはずがない。
(しかしどうやって硬貨を回収しているのかまでは想像が及ばないはず)
透明化した魔物が硬貨を回収している。この事実に辿りつくにはいくつかのハードルがある。まずは時間だ。限られた時間の中で考察を重ね、結果に至るのは難しい。
さらに透明化した魔物という発想。これもなかなか浮かばない。普通に考えるなら、誰かが拾い、その瞬間を見逃したという結論に至る。またそれを否定したとしても特定の領域にある硬貨を集める能力が発動した可能性や、見えないような速度で何者かが回収した可能性もある。
そしてその数多ある可能性から透明化という可能性が浮かんだとしても、ガイアは現在戦っている相手が聖騎士だと考えている。聖騎士では透明化の魔法を使うことができないため、その可能性を否定するはずだ。
(透明化に辿りつけなければ対策を打つこともできない。ガイアさんの能力の一つを潰せたし、おかげで決着も付きそうだ)
聖騎士団長マイクはガイアを追い詰めていた。ガイアは剣も魔法も使えないのか、素手でマイクに挑もうとしている。
マイクはニヤリと笑うと、目に止まらないスピードで移動し、ガイアの腕を切り落とした。血しぶきと腕が宙を舞う。
(さすがは聖騎士団団長。戦闘能力がジル以上なのは間違いないね)
レオナールはマイクの実力がロト王国でもトップに位置すると見立てていた。その実力者を前に、ガイアは流れる血を少しでも止めようと腕を押さえている。
「私の実力はあなたの遥か高みにいます。観念して投降しなさい」
「クソッ! クソオオオッ!」
ガイアは失くした腕を振るい、血を飛ばす。その血がマイクの目に入り、一瞬隙が生まれる。その隙をガイアは逃さなかった。一瞬で接近すると、触れた相手を魔物に変える能力を発動させる。
「な、なにを、したんだ……」
「すでに能力は発動した。お前は俺の下僕になるんだ」
「うぅっ…………」
ガイアの宣言通り、マイクの肉体はドロドロに溶けていく。最後には骨と甲冑だけを残し、骸骨兵士が誕生した。





