第二章 ~『聖騎士団とダンジョンバトル』~
都市長の地盤を引き継ぎ、奴隷ビジネスの闇を暴いた英雄。そんなモーリーが、有力候補のいない選挙戦で敗北するはずもなく、二位と圧倒的な差をつけて都市長の座に就任した。
「ガハハハッ、この俺が都市長だ!」
首都エイトを運営する事務官たちが仕事をする執務院。その最上階にある都市長室にある椅子に座りながら、モーリーは高笑いを浮かべた。
「モーリー、あんまり調子に乗るんじゃないよ、まったく」
「メリッサの言う通り、都市長になってからが大変だからね。これからも頑張ってよ」
「おうよ! 都市長様に任せておけよ!」
モーリーの高笑いは続く。そんな彼の笑い声を中断するように、都市長室の扉をノックする音が響いた。
「モーリー、誰かと会う約束していたの?」
「していたかもしれねぇな。なにせ街の有力者たちがこぞって俺に会いに来るからよ。誰が来るのかいちいち覚えてねぇんだよ」
「待たせるのも悪いし、入ってもらおうよ」
「そうだな。おう、入れ!」
モーリーが扉越しに入室を許可すると、二人の騎士が部屋の中へと入ってくる。一人は切れ長の目をした男で、白銀の鎧に十字架の模様が描かれている。もう一人は黒髪黒目の女で、黄金の鎧に龍の紋章が刻まれている。
「聖騎士団長のマイクです。失礼します」
「王国騎士団団長のユリアです。失礼します」
二人の騎士団長は頭を下げると、モーリーの前に屹立する。この二人こそロト王国の最高戦力のトップ2であった。
「聖騎士団長のマイクね。名前は聞いている。有能らしいな」
「都市長にそう言っていただけることが何よりの喜び」
「それに王国騎士団長のユリア。確か魔王ベルゼを殺した女だよな」
「そのようなこともありましたね」
魔王ベルゼ。すなわちレオナールの父親を殺した仇を前にしても彼はいつもと変わらない平穏な表情を浮かべている。
レオナールは父親のことを覚えていない。故に仇が現れたとしても特別な感情が沸き上がってこなかったのだ。
(もしこのユリアって人が悪人なら始末するけど、とりあえずは様子見かな)
レオナールの内心を見透かしたように、ユリアはレオナールを睨みつける。その視線には明確な敵意が込められていた。
「僕が何か?」
「いえ、何も……気にしないでください」
「はぁ」
レオナールは釈然としないまま、話を中断する。しかしユリアは相変わらず敵意を込めた視線を止めようとはしなかった。
「聖騎士団と都市長。これからもお互い持ちつ、持たれつの関係でいきましょう」
「そうだな」
「王国騎士団もよろしくお願いします」
「おう。任せておけ」
それから何度か雑談を重ね、二人の騎士団長との挨拶を終える。そろそろお開き。そんなタイミングでモーリーは二人に告げた。
「これから聖騎士団長のマイクと話がある。申し訳ないがユリアは退室してもらえるか」
「顔合わせは済みましたし、異論ありません。では……」
そう言い残してユリアは都市長室を退室した。残されたマイクはいったい自分にだけ何の話をするつもりなのかと不安げな表情を浮かべていた。
「残ってもらったのは他でもない。マイクに頼みがあるからだ」
「頼みですか?」
「行方不明とされているゲイル。あいつの消息にも関わる話だ」
「それは……」
聖騎士団内部では、奴隷ビジネスに関与していた疑いを晴らすために、聞き取り調査をしていた。そして団長であるマイクはゲイルが消えた理由を知っていた。
「ゲイルはアンデッドダンジョンに挑もうとして敗れた。そして行方不明になった。そうだろ」
「な、なぜ、それを!」
「俺は都市長だぜ。独自の情報網はもちろん持っている。なぁ、レオ坊!」
「うん。モーリーの情報網を甘く見ない方がいいよ」
レオナールの言葉に隠し事はできないと覚悟したのか、マイクはゆっくりと口を開く。
「確かに私の部下であるゲイルはアンデッドダンジョンに挑んで全滅しています。そしてそれが行方不明の原因です」
「なぜアンデッドダンジョンに挑んだか知っているか?」
「いいえ。そこまでは……」
「なら俺が教えてやる。ゲイルはアンデッドダンジョンの脅威を排除するために戦ったのだ」
「な、なんと!」
部下のゲイルが正義のために戦ったと知り、マイクは喜色を含んだ笑みを浮かべる。
「アンデッドダンジョンのダンジョンマスターは好戦的なようでな。首都エイトを襲撃するつもりらしい。その前哨戦として、前都市長のクロウの邸宅がゴブリンによって放火されている」
「なるほど。襲撃されたときはまだ街のトップはクロウさんでしたからね。敵は頭を直接狙ってきたということですね」
「そういうことだ。俺はゲイルの勇気ある行動を認め、正式に聖騎士団へアンデッドダンジョンのマスター討伐を依頼したいのだ」
「で、ですが、それは冒険者の仕事では?」
「もちろんそうだ。冒険者にも依頼する。しかしな、俺は聖騎士団にチャンスを与えたいのだ」
「チャンスですか?」
「聖騎士団は奴隷ビジネスの関与が疑われて、名声が地に落ちている。しかし街を脅威から守るために聖騎士団が戦ったと聞けば、民衆はきっと感謝するだろう。奴隷ビジネスで負った不名誉を洗い流せる」
「我が聖騎士団の名誉を取り戻すための戦い……」
「俺はアンデッドダンジョンのマスターを討伐した者を英雄として扱うつもりだ。大々的に宣伝するし、もしそれを聖騎士団の人間が成し遂げたなら、ゲイルは奴隷ビジネスに関与したために消されたのではなく、民衆のために戦ったのだと都市長の名において公表してもいい」
「そ、そこまで、我が聖騎士団のために……」
マイクは目頭が熱くなっていくのを感じる。新しい都市長であるモーリーに尊敬の念を覚え始めていた。
「分かりました。アンデッドダンジョンに聖騎士の千人隊を送り込みましょう。そして必ずや栄光をこの手に取り戻します」
「その意気だ。で、日時だがこちらが指定した日に動いてもらう。冒険者たちと連携も必要だからな」
「なるほど。で、いつ動けばいいのですか?」
「細かな調整は秘書に任せていてな。レオ坊、ダンジョン襲撃はいつの予定だった?」
「三日後の正午だよ、モーリー」
「ということだ。三日後の正午だ。よろしく頼むな」
「はい」
レオナールは平静な表情を浮かべたまま、内心で計画が成功したことに歓喜する。三日後の正午とは、ゴブリンダンジョンとアンデッドダンジョンのダンジョンバトルが行われる日付であった。
(ダンジョンマスター同士の手助けは禁止というルールは付けたけど、聖騎士団の力を利用してはいけないというルールは付けなかったからね。千人の聖騎士たち。さすがのガイアさんも疲弊しないはずがない。クククッ、今から戦争が楽しみだよ)





