第二章 ~『都市長の訪問』~
次の日。レオナール商会でいつもの三人は、新聞の内容に目を通していた。というのも王国新聞に奴隷ビジネスの話が一面として掲載されたからだ。そしてその奴隷ビジネスを暴いたのは、都市長選の候補であるモーリーだとも記されている。
「坊や、モーリー、やったわね」
「うん。これでモーリーは街の人気者だ」
新聞の記事はすべてがモーリーにとって肯定的に書かれている。悪を許せない性格の彼は無実の人を貶めるビジネスが許せなかったことや、奴隷ビジネスとは関係のない彼が都市長になった場合の公約まで称えられている。
「ランドも良い奴だな。俺のことをこんなに大々的に宣伝してくれるなんて」
「モーリー、確かにランドさんは良い人だけど、彼がここまでしてくれたのはそれだけじゃないよ」
「そうさね、モーリー。レオナール商会はね、王国新聞のスポンサーなのさ」
「そういやレオナール商会の商品広告が……」
新聞を捲ると、レオナール商会で扱っている健康促進剤の広告が記されている。王国新聞社にとってもレオナール商会は必要な存在なのだった。
「でもこんな露骨なことをして、何か言われたりしねぇのか? 例えばほら、金を渡して宣伝してもらったとか」
「そこは大きな問題にならないと思うよ。なにせスポンサーになったのは一年前からだからね。つい最近スポンサーになったのなら、記事を載せてもらう代わりにお金を払ったように受け止められるかもしれないけど、一年前ならたまたまスポンサーから英雄が生まれたと説明が付くからね」
「まぁ、レオ坊の言う通り、弁解はできそうか……」
「それと、こんな悪辣なビジネスを前にして、そんな細かい部分を指摘してくる人なんてきっといないと思うよ。民衆はクリフさんとゲイルさんに怒りを感じて終わりさ」
新聞にはクリフとゲイルが関与していたことと、聖騎士団の百人長が他にも関与している旨が記されている。
「ランドさん、聖騎士団の関与について触れてくれたんだね。しかもジルに触れていないところが上手いね」
「坊や、どういうことだい?」
「ランドさんは王家と揉めないために、ジルの名前は伏せている。それでいて聖騎士団の関与にはしっかり触れている。するとどうなると思う?」
「どうなるんだい?」
「身内で犯人捜しが始まる。今頃、ジルたちは生きた心地がしていないはずだよ」
「そりゃ愉快だな」
ジルに意趣返しできたことをレオナールはほくそ笑む。そんな彼の笑みを吹き飛ばすように、レオナール商会の扉がノックもなしに開かれた。
「お邪魔するよ」
「クロウさん……」
レオナールは入室してきた人物に見覚えがあった。クロウ。現役の首都エイトの都市長であった。彫りが深く、吸い込まれるような緋色の瞳、都市長とは別に商人としての立場も持つクロウは品のある顔立ちをしていた。
「現役の都市長様が何の御用で?」
「要件を先に伝える。私の持つ地盤を譲る代わりに、都市長就任後、私の命令を聞く操り人形になれ」
「いきなりやってきて不躾じゃないかな」
「ふん、貴様らが先に私の推薦していた候補者を潰したのではないか!」
「潰したとは人聞きの悪い。僕らは悪人を告発しただけだよ。それともクロウさんは犯罪者の肩を持つの?」
「そうは言わん……しかし候補者を潰されたことは事実。私は自分の手ゴマとなる候補者を別に建てようと考えたが、貴様らの人気は高い。確実に勝てる保証がない」
「それで地盤をくれるという話ね」
地盤とは選挙区内の支持者の集まりであり、もしクロウの地盤をそのまま貰えれば、現職の都市長への票がそのままモーリーのものになる。
「私が地盤を譲れば勝利は確実だ。それは理解できるな?」
「うん。地盤があればモーリーは確実に勝利できる。しかしそれは地盤によって左右されるかな? 現在の候補者に碌な候補がいないのは知っているでしょう」
「そんなもの、新しい候補を立てればよいのだ。民衆受けする品のある貴族に地盤を与えるだけで、私の読みでは七割以上の確率で勝利できる」
「ん~クロウさんの話は正論かもね。地盤を持ち出されると負けるかもしれない。だから地盤は頂くよ」
「なら私の操り人形となるのだな?」
「いいや。ならないよ。僕は君から地盤だけ根こそぎ頂く。対価を払うつもりはないよ」
「な、なんだと!」
「当然だよ。クロウさん。君は奴隷システムに一枚噛んでいたからね」
「……証拠でもあるのか?」
「ないよ。でも確信がある」
ゲイルから受け取った顧客名簿にもクロウの名前は残っていなかった。しかし顧客ではなく組織に属していたとしたら顧客名簿に名前がないのも当然だった。事実、クリフとゲイルの名前は顧客名簿に残っていなかった。
さらにレオナールはクロウに関して調査し、不自然なまでに犯罪奴隷を保有していることを掴んでいた。その数はクリフやゲイルよりも多い。
「証拠がないなら……」
「ただ変なんだよね。聖騎士が捕らえた犯罪者情報は都市長にも連絡が伝わっていたよね。本当に何も知らなかったの?」
「……何が言いたい」
「僕はそもそも不思議だったんだ。百人長の立場であんな大きな犯罪に手を染められるかな。それに貴族とのコネもそうだ。百人長なんかより大物が絡んでいると読んでいる。選挙戦でクリフとゲイルを支持していたことなんかも踏まえると、僕は奴隷ビジネスの親玉は君だと考えているんだ」
「だったらどうした。私が奴隷ビジネスに絡んでいたとしたらどうする? その証拠を見つけて、脅して地盤を奪い取るつもりか?」
「そんな面倒なことはしないよ。僕が言いたいことはたった一つだけさ。クロウさん、君が悪人なら僕は手段を選ばない。君の人生を滅茶苦茶にすると約束するよ」
レオナールは底冷えのする声で宣言する。クロウはゴクリと息を呑んだ。





