第二章 ~『英雄モーリーの誕生』~
レオナール商会。円卓を囲ういつもの三名。さらにもう一人新たな人物の姿があった。
「今日はお招きいただきありがとうございます。私が王国新聞の記者ランドです」
ランドと名乗った細身の男がレオナールたちと握手を重ねる。彼はロト王国において最大のシェアを誇る王国新聞社の記者であった。
「指定した無実の人間を犯罪者に変える奴隷ビジネス。最初聞いた時は耳を疑いましたが、モーリー様から頂いた顧客名簿を確認し、裏を取りました……どうやら真実のようですね」
「奴隷ビジネスに関与していたのは、都市選の二大候補、貴族のクリフと騎士のゲイルだ。ここも裏取りはできただろう?」
「ええ。不自然なまでに二人に利益のある人物が犯罪奴隷に堕ちています。この二人の関与は間違いありません。ただ二人から情報を聞き出すことは難しいでしょうが……」
「クリフの方は逮捕された。これは仲間割れで間違いないだろう」
「ええ。その意見に私も同意です。クリフさんの人柄について私も詳しく知っていますが、革命の炎に身を投じるような情熱ある方ではありません。それならばまだ自己利益のために奴隷ビジネスに手を染めていた方が信じられる。きっと奴隷ビジネスの首謀者が、邪魔になったクリフさんを排除したのでしょう」
「ゲイルもきっと同じだろうな」
「なにせ突然の行方不明。しかも部下の百人も姿を消している。何かトラブルに巻き込まれたと考えるのが自然です。きっと首謀者に消されたのでしょう」
ランドは事実と推測を交えながら言葉を続ける。大事な内容を紙にメモし、モーリーの話を聞き逃さないように注意していた。
「モーリーさん、一つ聞かせてください。なぜあなたは今回の事件を暴こうと思われたのですか?」
「俺は罪のない人間が犯罪奴隷に堕とされるのを黙って見ていられなかった。あんたも新聞記者なら正義を貫く気持ちは分かるだろ」
「はい。十二分に」
「もし俺が都市長になればこんな悪辣な行いを撲滅してみせるが、今の俺には権力がない。新聞記者のあんたの力が頼りなんだ。任せていいよな?」
「はい、私の記者生命を賭けて」
ランドは世を驚かせるような大事件を暴けることに胸を熱くしていた。彼はそのまま次の話題へと移す。
「モーリーさんは首謀者についてご存じなのですか?」
「分からない。しかし聖騎士団の百人長が絡んでいることは掴んでいる」
「百人長。聖騎士団の中でもエリートですから、数が限られますね」
「俺が把握しているのはこいつらだ」
モーリーは犯罪ビジネスに絡んでいるであろう聖騎士団の百人長の名前を挙げる。
「大物ばかりですね。しかしこのメンツならリーダーはゲイルさんだったかもしれませんね」
「だがそれだと行方不明になった理由が首謀者に消されたとする説に説明が付かない」
「確かに……」
「もう一人、リーダーになりうる人間がいるだろ」
「まさか……ジルさんですか!?」
「そうだ。確証はないが俺はジルが首謀者だと睨んでいる」
もちろんこれは嘘である。本当の首謀者はゲイルであり、ジルではない。しかしレオナールはジルに対する復讐の一環として、このような手を打ったのだ。
(ジルはきっと否定するだろう。事実、ジルが関与していた証拠もない。しかし噂は噂を呼ぶ。いつか必ずジルに復讐する時に役に立つ)
「ジルさんですか……困りましたね、これは新聞に書けませんね」
「姫の結婚相手だからな」
「ジルさんを首謀者にするなら間違いでしたは許されません。万人が納得する証拠が必要です」
「そんなものはないな。ただ俺としても公表は望んでいない。不用意に王家と揉めたくはないからな」
「……公表はしません。しかし仲間の記者には情報を共有しておきます。もしかすると他の記者なら何か尻尾を掴んでいるかもしれませんから」
「助かる」
モーリーはレオナールをちらりと見る。それに彼は首を縦に振って頷く。状況は彼にとって理想的な展開だった。仮に公表されなくても、人の噂はすぐに広まる。ジルが首謀者かもしれないというだけで名誉を落とすには十分であり、公然と侮辱したわけでもないから王家と揉めることもない。
(王家と全面戦争をするにはまだ早い)
レオナールは口元に笑みを浮かべたまま、心の中で哄笑する。すべてが彼の手の平の上で踊っていた。





