第二章 ~『クリフと友人の妻』~
貴族のクリフは椅子に腰かけながら美しい庭を眺めていた。その庭は彼が奴隷ビジネスで手に入れた金で購入したものだ。他にも奴隷ビジネスは様々なモノを彼に与えた。金品はもちろんのこと、金銭的余裕があるため市民の税金を下げることで名誉を手に入れ、さらには美しい奴隷たちも手に入れることができた。
「私に失敗は許されないのだ……」
「クリフ様、何か辛いことでもあったのですか?」
クリフの肩を揉むメイド姿の奴隷が訊ねる。彼女は心の底からクリフを心配する声音で訊ねていた。
「ビジネス上のトラブルだ。君は気にしなくていい」
「ふふふ、男の世界ですものね」
「そういうことだ」
クリフの不安はレオナールたちに送り込んだ聖騎士たちと連絡が取れなくなったことが原因だった。
聖騎士たちはいつもなら作戦成功の連絡を必ず伝える。しかし今回は何も音沙汰がない。壊滅し、失敗したと見るのが妥当だった。
(もし私の秘密が公開されれば……)
奴隷ビジネスについて暴露されれば、今まで培ってきた名声が地に落ちる。当然、都市長の地位を得ることもできない。
(奴隷ビジネスに手を出したことは間違っていなかったはずだ……)
クリフは初めて奴隷ビジネスに手を染めた日のことを思い出す。最初の犠牲者は彼の友人の貴族であった。
友人とクリフは子供の頃からの付き合いで、何をするにも一緒だった。これは互いの趣向が似ていることが理由だった。食事の好みや、好きな遊び、笑いのツボ、そして好きな女まですべてが同じだった。
クリフは友人の妻に惚れてしまったのだ。彼は人妻である彼女に言い寄ったが、一向になびく気配がなかった。それどころか彼が言い寄れば言い寄るほどに、友人と彼女の愛は深くなっていった。
そんな時である。クリフは奴隷ビジネスと出会った。彼は葛藤した末に、悪魔と手を結んだのだ。
それからクリフの友人は殺人の容疑で死刑になり、その妻は犯罪奴隷に堕ちた。そしてその友人の妻は現在彼の肩を揉んでいた。
「どうかしましたか、クリフ様。私の顔をマジマジと見つめて」
「君は本当に理想の女だよ」
「ありがとうございます。私にとってクリフ様も理想の主人です」
メイド姿の奴隷は犯罪奴隷に堕ちた際、一般的な犯罪奴隷の処遇を聞かされていた。それはどれも最低最悪の劣悪な環境を提示される。例えば炭鉱で一生穴を掘り続ける仕事や、娼婦に近い仕事をさせられる場合もあると伝えられるのだ。彼女は絶望した。その絶望から救い出した人間こそクリフであった。
(こいつは私がすべての元凶であると知らない。故に私に無償の愛を捧げる)
クリフはその愛がたまらなく嬉しく、友人を超えたという優越感が彼を支配した。
「私、いつまでもクリフ様にお仕えしたいです」
「うむ。期待しているよ」
クリフは心情を隠しながら、貴族らしい柔和な笑顔を浮かべる。
(やっぱり人から感謝されるのは気分が良い。最高だ)
クリフはこの人生がずっと続けばいい。そう願った。しかし平穏を崩すように、屋敷の扉を壊して飛び込んでくる闖入者がいた。
「君たちは聖騎士団の皆さんじゃないか」
クリフは甲冑を来た聖騎士たちを出迎える。しかし彼らの様子がいつもと違っていた。目には軽蔑するような視線が込められている。
「貴族のクリフだな。貴様を国家転覆罪で逮捕する!」
「え!」
クリフは腕を拘束される。どういうことだと彼が頭の中を疑問で一杯にしていると、聖騎士の男が一言ボソリと呟いた。今度はあんたが犯罪奴隷になる番だと。





