第二章 ~『クリフへの宣戦布告』~
レオナールたちは都市選挙の有力候補であるクリフと会うために彼の邸宅を訪れていた。
その建物は玄関から歩いていける距離になく、荷馬車を走らせなければたどり着けないほど広い敷地の中に建てられている。自然の中に調和するような煉瓦造りの邸宅は、息を呑むほどに美しかった。
「さすが貴族の住む家、随分と豪勢な建物だな」
「とんでもなく金持ちのようだね……」
「これは坊やの言う通り、何か裏があるかもねぇ」
モーリーとメリッサはレオナール商会の伝手を使い、再びクリフに関して調査した。そこで分かったことは彼が清廉潔白な男で、税金で得る収入もさほど多くないということだった。
「市民に優しい領主。それは素晴らしいことだと思う。けどあんなに安い税金でこんな豪邸を維持できると思うかい?」
「無理だな。最低でも税収の三倍の収入がないと不可能だ」
「モーリーの言う通り、税収だけだと不可能なはずなんだ。しかも帳簿の上では、他に副収入があるわけでもない。きっと表に出せないような何かを裏でしているんだよ」
「坊や、そういえばクリフの情報で気になることがもう一つあったよ」
「気になること?」
「犯罪奴隷を何人も購入しているそうさね。その購入費用を被害者遺族の賠償金に充てていることも、評価を高める一因になっているそうよ」
犯罪奴隷はその名の通り罪を犯した者が罪を償うために奴隷として働く制度のことである。犯罪奴隷は競売に掛けられると、その競り落とされた金額が、被害者遺族に支払われるようになっていた。
「お待たせしました、お客様」
屋敷の中からメイド服を着た女性が姿を現す。三人の顔に視線を巡らせると、柔和な笑顔を浮かべて一礼した。
「謁見を申し込まれたモーリー様はどちらの方でしょうか?」
「俺だ」
「これは失礼しました。主人がお待ちです。どうぞ」
メイド服の女性に案内されて屋敷の中へと入っていく。屋敷の中も外観と引けを取らない絢爛さで、調度品一つ一つが細部までこだわり抜かれていた。
「屋敷の中が気になりますか?」
「随分と豪華ですから」
「貴族の屋敷の中でもこの屋敷は格別でしょうからね」
「……その口振りだと、お姉さんは、他の貴族の屋敷を知っているの?」
「はい。私も元は貴族の一員でしたから?」
「それがどうしてメイドなんかに?」
「罪を犯して奴隷になったのです……そこを主人に救っていただき、ここでメイドをさせていただいております」
「クリフさんは素晴らしい人のようだね」
「それはもう! 私のような奴隷にも優しくしてくれて、世界で最も尊敬している男性です」
「へぇ~、身内にも尊敬されるなんて凄いなぁ~」
レオナールは身内であればクリフの裏の顔を知っているのではと思っていた。しかし彼女の反応を見るに、本当に知らない様子である。裏の顔が存在すると仮定すると、クリフという男の用心深さを垣間見た気がした。
「主人はこちらです」
通された部屋の椅子に腰かけていたのは白髪の老人だった。顔や身だしなみは貴族らしい品が滲んでおり、初対面の相手に好印象を抱かせる。
「俺がモーリーだ。今日は会ってくれたことを感謝する」
「いえいえ。同じ都市長選挙の候補ですからライバル同士、仲良くしましょう」
クリフとモーリーは互いの健闘を祈り握手する。彼は続くようにメリッサとレオナールにも握手を続けた。
「で、本日はどのようなご用件で?」
「宣戦布告の挨拶をしに来た。だよな、レオ坊」
「うん。僕はクリフさんに潰れて貰おうと思っているんだ」
「随分と物騒ですね? 暴力でも振るわれるのですか?」
「そんなことしないよ。もしそんなことをすれば、クリフさんの仲間たちが動くだろう」
「仲間? はて何のことですか?」
「とぼけないでよ。あの件だよ」
「はて? あの件?」
「第三者もいるようだし、何のことかは言わない方がいいよね。でもこれだけは言わせてほしい。僕らはこの選挙で勝つつもりだ。即ちクリフさんにも勝てると思っている。これがどういう意味か分かるよね」
レオナールはメイドの女性に視線を送り、彼女がいるから真相を話せないと合図を送る。クリフは合図を受けると、柔和な笑みを崩して、鋭い眼光をレオナールへと飛ばす。
「……お客さんはお帰りのようだ」
「クリフさん。選挙当日を楽しみにしていてね」
「ああ。楽しみにしておくよ」
レオナールたちは屋敷を後にする。布石は撒いたと、彼は口元に笑みを浮かべるのだった。





