第二章 ~『都市長選の始まり』~
首都エイトのレオナール商会。そこにレオナールとモーリー、そしてメリッサの姿があった。三人は円卓テーブルを囲むように、椅子に腰かけている。
「坊やからの呼び出しとは珍しいね。何か頼みごとかい?」
「実はそうなんだ。二人にお願いしたいことがあって……」
「レオ坊の頼みはおおよその予想は付いている。ずばり首都エイトの都市長選挙に関する話だろ」
「うん。その通りだ」
都市長選挙。それは首都エイトに住む住民の投票により、都市の代表者を決める選挙である。選挙権は三年以上住んでいれば、貴族でも平民にも平等に与えられる。立候補も選挙権がある者なら誰でもできるが、供託金として白金貨十枚が必要であり、一般的な平民では用意するのが難しい金額が設定されていた。
「で、どちらを懐柔するんだ?」
「ん? どちらとは?」
「決まっているだろ。貴族のクリフか、騎士のゲイルだ」
「貴族のクリフさんと騎士のゲイルさんね。確か都市長選挙の二大候補だよね」
「そうさ。貴族のクリフは貴族票を集めている。平民の中でも入れる奴は大勢いるはずだ」
「だろうね」
「ちょいと待っておくれよ、坊や、モーリー。貴族に平民が投票するのかい? そいつらは平民の候補者に投票しないのかい?」
「メリッサ。その答えは簡単だよ。平民の候補者にまともな人間がいないからさ」
選挙とは結局のところ人気者を決める戦いだ。名前の知られていない平民の候補者と、名前を知っている貴族なら、後者に投票する者が多いのも当然だ。
「特に平民は立候補者が多い。供託金が白金貨十枚と高額でも、集めてくる者は集めてくるからね」
「しかも平民の候補者はきな臭い噂を持っている奴らばかりだ。高利貸しや悪徳商人、他には奴隷商人なんかだな。まっとうな手段で白金貨十枚はハードルが高いから、仕方ないとも言えるが……」
「とにかく平民側の候補者は人気がなく、数も多い。誰に投票すればいいのか定まっていないから、票が固まることはない。それに貴族のクリフさんは平民から愛されている良き領主だという話だしね」
「貴族に良き領主なんているのかしら?」
「クリフさんが本当に良く領主なのかは、領民でない僕には分からない。けど平民からの人気は凄いよ。選挙戦に合わせたように領地での減税政策を行ったりもしていて、その人気はうなぎ登りだ」
「レオ坊はクリフが本命なのか?」
「違うよ」
「なら聖騎士ゲイルか。確か若くして聖騎士団の百人長に就任したエリートなんだよな」
「らしいね。聖騎士団の票はすべてゲイルさんに集まるだろうね」
「あいつら数が多いからな」
「王国騎士団と聖騎士団は互いに協力関係にあるから、王国騎士の票もゲイルさんに向かう。付け加えるなら平民からの票も厚いはずだよ」
「聖騎士団は首都エイトのヒーロー様だからな」
聖騎士団は街の治安維持を担っており、罪人から命を救われた者も大勢いる。そのような聖騎士団に恩を感じている平民がゲイルに票を投じれば、その数は膨大なモノになる。
「話を聞けば聞くほど、どちらかの候補で決まりって感じがするな。で、最初の質問に戻るがレオ坊はどちらを懐柔するんだ」
「どちらも懐柔しないよ。僕は第三の道を選択する」
「第三の道? ってことは泡沫候補から俺たちの駒として動く人間を選ぶってことか?」
「いいや。今回の都市長選。モーリーに立候補してもらう」
「なんだと!」
レオナールの言葉にモーリーとメリッサは驚愕の表情を浮かべる。彼らも想像すらしていなかった選択に言葉を失うしかなかった・
「どうしたの? 黙り込んじゃって」
「坊や。モーリーが都市長になれると本気で信じているのかい?」
「信じているさ。僕はモーリーのことを尊敬しているからね」
「レオ坊、そうは言うが俺が都市長に選ばれるはず……」
「可能性はあるさ。モーリーは男気があって街の人たちから好かれている。それに民衆は君のような力強いリーダーを求めている。身分も平民だし、きっと人気者になれる」
「そうは言うが、貴族のクリフと騎士のゲイルも平民からの人気が――」
「潰せばいい」
「は?」
「だから有力候補がいるせいで、モーリーが都市長になれないのなら潰せばいいんだよ。そもそも僕は人間を信頼しちゃいない。何の裏もない人間なんていないはずさ」
「……もし裏がなければ?」
「その時は懐柔策に変更しよう。ただ僕はね、彼らからクズの匂いを感じるんだ。きっとこの勘は当たっている。僕に任せておいてよ」
「レオ坊がそういうなら……」
モーリーは渋々ながら都市長選挙への参戦に同意する。権力を手に入れるための戦いが始まったのだった。