第二章 ~『上級冒険者の末路』~
人相の悪い男はレオナールを睨むように見据えると、荷馬車に積まれたパンの山に視線を移す。
「ここが例のパン屋か」
「お兄さんは?」
「見て分かるだろ。冒険者だ。俺の女がお前のパンを食べたいとねだるから買いに来たのさ」
「それは嬉しいな。何のパンを買っていくの?」
「全部だ」
「え?」
「だから全部だ。俺は金を湯水のように持っているんでね。何を買うか選ぶのも面倒だし、全部買ってやるよ」
「それはありがとう……でもお兄さん、そんなお金持ちの冒険者なのに、どうしてこのダンジョンに?」
「な~に、知り合いの奴隷商人から、このダンジョンにエルフがいると聞いてな。俺はまだエルフを試したことがなくてね。どんな声で鳴くのか、楽しみに来たってわけさ」
「そう。でもあんまり油断していると負けちゃうかもよ」
「負ける? この俺が? 俺は上級冒険者だぞ。しかも職業は魔法剣士だ。魔法と剣技、どちらにも優れた俺に敵はいねぇ」
「…………」
「どうした、パン屋」
「ううん。なんでもないよ」
「パンは帰る時に買うからここで待ってろよ」
「うん。待ってる」
魔法剣士の男はダンジョンへと入る。その後ろ姿を見届けたレオナールは、水晶でユキリスを呼び出す。
「どうしましたか、旦那様? もしかして先ほどの冒険者に関する件ですか?」
「いいや。槍のお兄さんについては心配していないよ。というよりユキリスのことだから、きっともう倒しているだろ」
「はい。気絶してしまったので、ゴブリンたちの寝室に寝かせています」
「今回ユキリスを呼び出したのは、また冒険者が来たからだ。しかも今度の相手はゴブリンだと勝てそうにない上級冒険者だ」
「では始末しますか?」
「そうしよう。いつもの通り、ゴブリンメイジの魔法で足止めをしておいて。僕が背後から不意打ちで倒すから」
「了解です」
レオナールは通話を切ると、パンの詰まった荷馬車を置いて、ダンジョンへと入っていく。少し進むと、すぐに先行していた冒険者が姿を見せる。すでに戦闘は始まっていた。
(魔法使い同士の戦いか……)
ゴブリンメイジが放つ炎と魔法剣士の冒険者が放つ炎。それらが衝突して相殺する。魔法の力だけならほぼ互角だった。
(上級冒険者を名乗っていたけど、あのレベルなら下から数えた方が早いな。もしかしたら僕なしでも勝てるかも)
レオナールの期待とは裏腹に、魔法剣士の冒険者は魔法で決着が付かないとみると、身体に見えない盾を張り、炎をガードしてゴブリンメイジへと突っ込んだ。だがそれを阻むように剣と盾で武装したゴブリンが、彼の前に立ちはだかる。
(金貨を投資したゴブリンならあるいは……)
レオナールの期待はむなしく、魔法剣士の冒険者が剣を振るうと、その衝撃を受け止めきれず吹き飛ばされてしまう。幸いにも命は落としていない。レオナールはほっと息を吐いた。
「魔物たちの訓練としてはこれで十分かな」
「誰だ!?」
ゴブリンメイジにトドメを刺そうとする魔法剣士の冒険者。彼の背後に現れたレオナールに、鋭い視線を向ける。
「さっきのパン屋。なんのようだ」
「ゴブリンメイジは僕の仲間なんだ。離してくれないかい」
「……お前がこのダンジョンの魔人か?」
「そうだよ」
「クソッ、ならエルフはいないのかっ!」
魔人は一つのダンジョンに一種類までが基本である。レオナールがエルフでないことは耳を見れば明らか。魔法剣士の冒険者は落胆のため息を漏らす。
「エルフならいるさ」
レオナールが手を挙げると、ユキリス率いるエルフ隊が矢の雨を降らす。
「チッ!」
魔法剣士の冒険者は炎の魔法を防いだ時のように、背後に見えない盾を作り出した。しかしその瞬間、前方のレオナールによって首を掴まれていた。
「やっぱり見えない盾は一方向にしか発動できないみたいだね」
「ぐっ……は、離せ」
「君の力は僕の役に立ちそうだ。貰っていくよ」
レオナールはマネードレインを強化し、魔法剣士としてのジョブスキルを奪い取る。見えない壁を生み出す魔法や、華麗に振るわれた剣術をまるごと奪い取る。そしてスキルを奪いつくすと、今度は肉体を構成する金を奪い取り、男の肉体はやがてミイラ化した後に消滅した。
「やりましたね、旦那様」
ユキリスが手をパチパチと叩きながら駆け寄ってくる。レオナールたちの完全なる勝利であった。
「あれ? なんだこれ?」
レオナールはダンジョンに関して違和感のようなものを覚える。違和感の正体は脳裏に刻まれたメッセージであった。そこにはダンジョンレベルが2に上昇したと記されていた。





