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第一章 ~『実力隠す理由』~


 レオナールたちはダンジョンを探索し、最下層へとたどり着いた。荘厳な扉で守られた場所は、ダンジョンマスターが住む部屋だと、彼らに確信させた。


「皆、気を付けた方がいいよ。ここのダンジョン、罠の数は多かったし、出てくる敵も強い魔物が多かった。ダンジョンマスターの魔人は高レベルに違いないよ」

「レオナールの言う通りですね。もしかすると魔王軍の幹部クラスがいるかもしれません」

「魔王軍ねぇ。本当にそんな奴が存在するとは思えねぇけどな」

「ジルの言う通りですわ。魔王軍は滅びた。これは人類の共通認識ですわ」


 ダンジョンはそれぞれ独立したダンジョンマスターの魔人がおり、ダンジョンごとの結びつきは弱い。しかしかつて魔王軍が存在した時は違った。ダンジョン同士が連携を取り、物資や戦力の共有を行うことで、ダンジョン全体の力が底上げされていた。


「確か魔王が亡くなって、魔王軍も自然消滅したんだよね。でも当時の幹部たちはまだ生きていると聞くから、もしかするとこの扉の向こうに――」


 パーティメンバーたちはゴクリと息を呑む。緊張で体が硬くなっていた。


「レ、レオナール、お前扉を開けろよ」

「なぜ僕が……」

「もし扉を開けたと同時に罠が発動した場合、怪我をして最もパーティの損害が小さいのはレオナール、お前だ」

「ま、待って、レオナールが行くなら私も――」

「リリス。気持ちだけで十分だ。僕が扉を開けるよ」


 レオナールはリリスを危険に晒せないと、扉をゆっくりと開く。開くと同時にダンジョンマスターの魔人が目を開いた。


 魔人は頭に角を生やし、身長が五メートルを超える巨人だ。両腕に肉切り包丁を持ち、レオナールを見下ろしている。


「私はオーク族の魔人、オークリアだ。闖入者よ。よくも我がダンジョンを汚してくれたな」


 オークリアは部屋に入ってきたレオナールを排除しようと無遠慮に近づく。どっしりとした足音が部屋の中に反響した。


「レオナール、こいつがダンジョンマスターだな!」


 他のメンバーも部屋の中へと入ると、オークリアを見上げる。


「こいつは強そうだ。正攻法で行くのは難しいかもな」

「まずはあいつの動きを止めましょう。私がダンジョンコアを狙います」


 武闘家のリザがオークリアの背後に置かれた紫色の水晶、ダンジョンコアを壊すために駆ける。ダンジョンコアはダンジョンを支えるための柱であり、壊されるとダンジョンが消滅してしまう。そのためダンジョンマスターは何を置いてもダンジョンコアを守ろうと動く。


「このオーク、動きは遅いです。私のスピードなら――」


 リザの高速の動きに合わせるようにオークリアは顔を動かす。狙いを定めるように息を吸い込むと口から火を吐いた。リザとダンジョンコアを遮るように炎の壁ができあがる。これでは近づくことができないと、彼女が諦めかけたその時である。


「リザ。そのまま突き進んでくださいまし」

「え、でもこの炎では――」

「私の治癒魔法で治しますわ。ですから――」

「無理です。この炎、きっと火傷では済みません。治癒魔法で完治できない傷を負います。もしレオナールやリリスのような姿になったら……」


 リザの言葉は正論だった。故にマリアンヌは言葉を続けられない。


「リザの頑張りは無駄にしない。俺があいつを倒す。リリス、俺に身体能力強化の魔法だっ」

「は、はい」


 魔法使いのリリスが、身体能力を強化する魔法をジルにかける。肉体が輝き、彼の肉体強度が増していく。


「やってやる。俺が魔人を討伐してやる」


 ジルが剣を抜いてオークリアへと駆けると、勢いのまま、切りつける。だがジルの刃がオークリアの肌を切り裂くことはなかった。


「こいつ固いぞ!」

「実力差を理解できない愚か者どもめ。死んで後悔するがいい」


 オークリアがゆっくりと手を振り上げる。振り下ろされれば死が待っているとジルは直観した。


「リリス、もう一度俺に強化魔法を使え。このままだと俺は――」

「は、はい」


 リリスは再び強化魔法を発動させる。その様子を傍で見つめていたレオナールは小さくため息を漏らす。


(ジルは嫌な奴だがパーティの仲間だ。助けてやるとしますか)


 レオナールはリリスの身体能力強化の魔法に合わせて、同じ魔法を発動する。一般論として商人のジョブクラスでは身体能力強化のような魔法を習得することができないと云われていた。しかしレオナールも理由は分かっていないが、彼は商人でありながら高度な魔法を発動することができた。しかもその魔法は、魔法の専門家である魔法使い以上の威力を発揮した。


 レオナールがジルに身体能力強化の魔法を使用したことで、彼の身体が強く輝く。万能感が溢れ、彼の顔から絶望は消え去った


「これだよ、これ! やっぱりリリスの強化魔法は最高だ!」


 ジルは身体能力強化の魔法を使用したのがリリスだと思い込んでいた。そしてそれはジル以外のメンバーも同じで、当事者であるリリスでさえ自分の魔法だと信じていた。これも仕方のないことで、商人であるレオナールが身体能力強化の魔法を使っているという発想が普通ならそもそも浮かばないのだ。


 レオナールは魔法使い以上の魔法を使えるという実力を隠す行為に必要性を感じていた。実力が露呈すれば利用しようとする者が近づいてくるし、何よりもし身体能力強化の魔法を使っているのがレオナールだと知られれば、商人以下の魔法しか使えないリリスは居場所をなくしてしまう。レオナールにとってリリスは自分以上に大切な存在で、彼女の名声が上がることは自分のこと以上に嬉しいことだった。


「俺たちの力を味わえ!」


 ジルは剣を振るう。先ほどは皮膚に傷一つすら付けられなかった剣戟は、身体能力強化の魔法により変貌する。まるでバターをナイフで切るように、オークリアの腕を切り落とした。


「こ、この力があれば!」


 ジルはオークリアを切り刻んでいく。四肢を失い、全身を傷だらけにして、地に伏せる。


「俺たちの勝利だ! おい、レオナール。こいつはもう虫の息だ。トドメは報酬を倍にできるお前が刺すんだ」

「分かったよ」


 レオナールはオークリアの顔を殴る。それがトドメの一撃になったのか、オークリアは光に包まれて硬貨へと変わる。


「すごいっ! 白金貨五〇枚だ!」


 白金貨一枚は成人男性の年収に相当する価値がある。それが五〇枚だ。金貨を見下ろしながら、パーティメンバーたちは頬を緩めた。


「ドロップアイテムもありますよ」


 リリスが白金貨の隣に転がる子瓶を指差す。その子瓶にレオナールは見覚えがあった。


「これ、ハイエルフの秘薬だよ」

「ハイエルフの秘薬?」


 レオナール以外の者たちは首を傾げる。聞いたことがない薬の名前に、疑問符が頭上に浮かんでいた。


「回復魔法で治せないような外傷を治せる薬なんだ。市場にも出てこなくて、ずっと探していたんだ。ようやく見つけることができた」

「おい、レオナール。こいつはそんなに価値あるものなのか」

「白金貨一枚で取引されるほどに高価だし、希少性もかなり高いよ」

「ならこれは俺のものだな」


 ジルはレオナールから奪い取るように小瓶を掴む。彼は不満そうな表情を浮かべる。


「レオナール、約束を忘れたのか。ドロップアイテムの取得優先権は俺にあると」

「それはそうだけど……」

「だからこれは俺のものだ」

「ぐっ……」


 レオナールは納得するわけにはいかなかった。彼は覚悟を決めると、膝と額を地面につけて、土下座した。


「ジル、その薬を僕に売ってくれないか」

「ほぉ~でもこれは貴重なんだよなぁ」

「うん。だから絶対に手に入れたい。火傷を治したいんだ」


 回復魔法で治せなかった火傷を治すために必死なのだと、心情を打ち明けると、ジルは嘲笑を浮かべた。


「そうだよなぁ~その醜い顔を治したいよなぁ」

「な、なら!」

「俺は優しいからな。白金貨十枚で譲ってやるよ」


 相場の十倍の金額をジルは提示するが、レオナールは何の迷いも見せず、その金額に同意する。


「ほ、本当にいいのか? 十倍だぞ。今回の冒険がタダ働きになるんだぞ」

「いいさ」

「なら契約は完了だ。レオナールの白金貨十枚は俺のものだ」


 レオナールは白金貨十枚と引き換えにエルフの秘薬を受け取ると、リリスの元へ駆け寄る。


「レオナール。おめでとう。これで火傷治せるね」

「ううん。僕はこれを飲まないよ」

「え?」

「リリス、君に飲んでほしいんだ」


 レオナールは小瓶をリリスに手渡す。白金貨十枚という金額が本来の重さ以上に重量を感じさせた。


「で、でも、これはレオナールが……」

「リリスが幸せなら僕も幸せだから。それにリリスの綺麗な顔、また見てみたいんだ」

「でもやっぱり――」

「リリスが薬を飲まないなら、僕も薬を飲むつもりはない。破棄するのも勿体ないし、遠慮せずに飲んでよ」

「う、うん……」


 リリスが小瓶の蓋を外してエルフの秘薬を口に入れる。瓶の中身が空に近づいていくに連れて、彼女の顔の火傷が消えていった。


 傷が完全に消え去り、焼け爛れた肌がきめ細かな肌へと変貌を遂げる。筋の通った鼻に、色素の薄い唇、金色の髪と青い瞳が交わり、美の象徴とでも云うべき美しさを放つようになる。


「うぅっ……リリスが……リリスが……」


 レオナールは気づくと泣きだしていた。焼け爛れた瞳から涙を流し、頬を伝わせる。


「レオナール、私の傷は治ったのですか?」

「うん。治っているよ。すっごく綺麗だよ」


 リリスは自分の顔に触れながら、頬を緩める。その表情がレオナールの胸を打つ。


「僕はずっとリリスに恩返しがしたかった。子供の頃、家族を亡くした僕の傍に一緒にいてくれた君を幸せにしたかった。ようやく夢が叶ったよ」


 レオナールは爛れた顔で必死に笑みを浮かべる。この時の彼は、この選択が自分を地獄へと突き落とす第一歩になるのだと、まだ気づいていなかった。


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