第二章 ~『パン屋とリリスの邂逅』~
「こちらはパン屋さん?」
「う、うん」
リリスは言葉を交わしても、目の前の少年がレオナールだと気づかない。一方、彼の方はリリスの変化に気づいていた。
(随分とやつれている……)
以前のリリスは健康的な細身であった。しかし今の彼女は覇気がなく、まるで拒食症患者のようにぐったりとしていた。
「リリスさんですよね?」
「私のこと知っているの?」
「以前、レオナールって人を国外に追放する映像で見ました。なんだかあの時と比べて痩せていませんか?」
「食事が喉を通らなくて、ここ数日何も食べてないの。でもここの近くを通りかかった時、良い匂いがしたから、ここのパンならもしかしてと思って」
「……食事が喉を通らないのは、何か辛いことでもあったの?」
「辛いこと……とは少し違うの。私、大切な人に酷いことをしてしまったの」
「酷いこと?」
「裏切って自殺に追い込んだの。あんなに優しい人だったのに……うぅっ……ごめんなさい、突然泣いちゃって」
「気にしないでよ。僕は何とも思っていないから」
「ふふふ、なんだか、あの人と話しているみたい。顔は似ても似つかないのに」
「僕が似ているか……」
「そう。雰囲気や仕草がすっごく似ているの。それとあの人はね、私が困ったり、泣いたりしていると自分の方が泣きそうな顔をするのよ。時には私のことなのに、私より大声で泣いてくれることもあったわ……本当に優しい人だったの……」
「僕は悲しそうな顔をしていたんだね……」
「ええ。とっても。あなた、優しい人ね」
リリスは涙を拭うと、銅貨を一枚渡し、パンを受け取る。
「また買いに来てもいいかしら?」
「いつでも来てよ」
リリスはレオナールの言葉に満足すると、その場を後にした。彼は彼女の姿が見えなくなるのを名残惜しそうに見つめていた。そんな彼の手にユキリスはそっと手を添える。
「旦那様、私、負けませんから!」
「ユキリス……」
「私、旦那様を裏切ったリリスなんかに絶対負けません。私の方がリリスの何倍も何十倍も旦那様のことを愛しているんです! 私が旦那様のお嫁さんになるんです!」
「ユキリス、心配しなくてもリリスに……未練はないよ……」
「ごめんなさい。でも私、旦那様に捨てられるんじゃないかって不安になるんです!」
「以前にも伝えただろ。僕はユキリスと共にいると。裏切られることがどれほど辛いか知っている僕がこう言うんだ。信じて欲しい」
「旦那様……」
ユキリスはレオナールの手をギュッと握りしめる。握りしめる彼女の手はレオナールを失うかもしれない恐怖から震えていた。