第二章 ~『ゴブリンメイジの誕生』~
「これが魔物カタログだよね?」
「はい。ただそこにはゴブリンしか記されておりません」
魔物カタログはダンジョンマスターが生成可能な魔物の種別が記された書物である。ユキリスの言う通り、埋まっているのはゴブリンの一ページだけで他はすべて空白だった。
「魔物の種類について話す前に、僕が魔物を生み出す必要性について感じていることを先に伝えたい」
「必要性ですか?」
「うん。ダンジョンマスターとして金の投資先は主に二つだ。一つはダンジョンを守る魔物を生み出すこと。そしてもう一つはダンジョンそのものを拡張すること」
「ダンジョンの拡張は必要ないのですか?」
「必要さ。ただ優先度の問題で、まずは魔物を増やそうと思うんだ。僕はね、ダンジョン運営とは遊技場の運営に近いモノだと思っている」
「遊技場とは人間たちが遊ぶ施設のことですよね」
「そう。遊技場は遊ぶための箱を用意し、客を楽しませるためのキャストとアトラクションを用意する。客は入場料を対価に、楽しさを得るんだ。ダンジョン運営はそっくりそのまま当てはまる」
「箱はダンジョンの広さですよね。狭いとダンジョンのエリアをすべて踏破してしまい、もう二度と訪れてはくれなくなりますから」
「そうだ。そしてキャストとアトラクション。これが魔物になる。弱小冒険者と戦い、追い返す役目だ。決して殺さず、こちらも殺されないように注意する。そうすれば弱小冒険者は戦ったという実感を得られるだろ。さらに宝箱という形で報酬も用意してやる。そうすれば殺されないならもう一度と何度も何度もリピートしてくれる。そしてダンジョン経験値という入場料を残してくれるんだ」
「なるほど。旦那様の仰りたいことが分かった気がします」
「僕は従業員に無理をさせる経営は嫌いだ。魔物のゴブリンたちには余裕を持って戦ってほしい。そのために必ず勝てる戦力を用意してあげたいんだ。それにいくら箱が広くても、キャストとアトラクションに魅力がなければ客は来てくれないからね」
「必ず勝てる戦力……それならば話は戻りますが、魔物の種類を増やす必要がありますね」
「ゴブリンだけでは心許ないからね」
「種類を増やすには魔物の卵に挑戦する必要があります」
「魔物の卵?」
「魔物の卵はクジ引きのようなものです。生まれてくる魔物が何か分からないのが特徴です」
「魔物の卵を使うとカタログの種類が増えるのかい?」
「はい。カタログは今まで孵化させたことのある魔物が登録されますから。つまり一度孵化させてしまえば、何度でも魔物を呼び出せるのです」
「へぇ~それならドラゴンなんかも生み出せたりするのかい?」
「いいえ。それは無理です。このダンジョンの卵はゴブリンしか生まれません。もちろんゴブリンにもゴブリンチャンピオンやゴブリンメイジなどの種別があります。より上位種のゴブリンを引き当てられると、戦力強化に繋がります」
「でもそれは変だね。ダンジョンの中には様々な種類の魔物が発生するダンジョンもあるよね。一つのダンジョンに一つの種族の魔物という話と繋がらないよ」
「それはダンジョンマスター同士で卵を交換しているからです」
「交換か。つまりドラゴンの卵を他のダンジョンマスターから貰えれば、このダンジョンでもドラゴンを生み出せるということだね。そのためにも他のマスターと交流を深めないとね……何はともあれ、まずはチャレンジだ。ダンジョンのプール金はどれくらい残っているのかな?」
「金貨一枚しか残っていません……」
「魔物の卵の値段はいくらだっけ?」
「誕生する魔物の最低価格の十倍です。つまり金貨一枚です」
「一つだけしか生み出せないのか。ゴブリンを引き当てると目も当てられないね」
魔物の卵はどんな種類の魔物が生まれるか分からない代わりに、ジョブレベルが最低レベルで誕生する。つまり外れを引いた場合、銀貨一枚相当のゴブリンを金貨一枚で生み出してしまうことになるのだ。
「強い魔物が生まれてくれよ」
レオナールは念じながら魔物の卵を生み出す。卵は何もない空間から産み落とされると、すぐにヒビが入り、孵化を始める。
卵の中からは杖を持ったゴブリンの子供が生まれる。ゴブリンメイジの誕生だった。
「旦那様、凄いです! まさか上位種のゴブリンメイジを引き当てるなんて」
「もしかすると魔王の強化の力でダンジョンマスターとしての力も強化されているのかもしれないね……」
「この調子で魔物を生み出し続ければきっとこのダンジョンはもっと強くなります」
「そうだね。そのためにも金が必要だ。集客のための手を打とう」
「集客のための手ですか?」
「うん。僕はね、パン屋を開こうと思うんだ」
「パ、パン屋ですか!?」
ユキリスは驚きの表情を見せる。レオナールの頭の中には次なる戦略が思い描かれていた。





