第二章 ~『ダンジョンの強化』~
商会を後にしたレオナールはダンジョンへと戻る。エルフの森では彼の帰りを心待ちにしていたエルフたちが集まっていた。
「お帰りなさい、レオ様」
「出迎え、ありがとう。ユキリスは?」
「ユキリス様ならご自宅にいらっしゃるはずです」
「ありがとう」
レオナールはユキリスの自宅であり、ダンジョンマスターとしての邸宅でもある家を訪れる。入口の扉を開けた瞬間、彼女は勢いよく彼に抱き着いた。
「いきなり抱き着いて、どうしたのさ、ユキリス」
「会えなくて、寂しかったので、旦那様成分を充電しているんです」
「会えないって、僕がダンジョンを離れてから一日も経っていないだろ」
「だとしても、どこかへ消えてしまったらと思うと不安で。こうやって旦那様の体温を感じると、あなたが傍にいてくれるのだと実感できるんです」
「そう。僕なんかが君の寂しさを紛らわせるのに役立てるなら嬉しいよ」
二人は少しの間、抱き合うと、そのままリビングへ移動し、椅子に座る。
「旦那様、ご友人にはお会いできましたか?」
「うん。二人とも元気だったよ」
「……それは女性の方ですか?」
「一人は男だけど、もう一人はそうだね」
「旦那様はリリス以外にも仲の良い女性がいたのですね。なんだか嫉妬しちゃいます」
「いやいや。ただの友人だよ。それに僕にはユキリスがいるもの。他の女性に目移りなんかしないよ」
「旦那様♪ そういうところが大好きです♪」
「今日は色々な収穫が得られた。レオナール商会を動かせるようになったのは野望達成のための必須事項だからね。それともう一つ、課題に気づけた」
「課題ですか?」
「僕はこれからダンジョンの外に出かけることも多くなる。そのためにダンジョンを守る戦力を強化しないといけない」
ダンジョンの主な戦力はエルフとゴブリンだ。この二つの戦力では上級冒険者の襲撃があれば、すぐに壊滅してしまう。
「僕一人に頼りっきりだと、上級冒険者が複数人いれば、手が回りきらないかもしれない」
「上級冒険者ですか……幸い、まだ訪れたことはありませんね」
「だろうね。強い魔物を倒せば倒すほど落ちる硬貨は多いからね。わざわざゴブリンを狩るために弱小ダンジョンを訪れないよ。ただそれも僕の存在が秘匿されているからだ。もし強者がいると知られれば討伐隊が結成されるはずだ」
「まだ旦那様の存在は知られていませんよね」
「たぶんね。この前壊滅させた奴隷商人の冒険者たちも一人残らず始末したし、僕について知る者は現段階だといないはずだ。けれど情報はいつか露呈するもの。時間の問題だよ」
「ではどうすれば……」
「ダンジョンを強くしよう。そしてどんな強敵でも追い返せるようにするんだ。そのためにも現状を知る必要がある。このダンジョンのレベルを教えて欲しい」
ダンジョンレベル。それはダンジョン内で戦闘が発生すると上昇するパラメータのことである。強者同士の戦闘であればあるほどダンジョンの得る経験値は多くなり、レベルアップに近づいていく。冒険者組合はこのダンジョンレベルを参考にして送り込む冒険者を決めているほどに、ダンジョンの強さを知るために重要な数値であった。
「恥ずかしながら最近発見されたこともあり、ダンジョンレベルは1です」
「エルフとゴブリンしかいないからな。予想はしていたけどやっぱりそうか……」
「そのため訪れるのは初心者冒険者ばかりです……稀にエルフがいると知った奴隷商人が訪れることもありますが……」
「もっと冒険者の数を増やさないとレベルは上がらないな。ちなみにレベル1だとどれくらいの収益を得られるんだ」
ダンジョンはレベルに応じて毎日硬貨を自然発生させる。その発生した硬貨を元に、ダンジョンマスターは魔物を生み出すのである。
「金貨一枚です」
「金貨一枚なら強いゴブリンを一体。弱いゴブリンなら十体くらいかな」
この世界の通貨は白金貨、大金貨、金貨、銀貨、銅貨で構成されており、それぞれ十枚で一つ上の硬貨と同価値になる。白金貨が成人男性の年収に相当し、大金貨一枚が成人男性の月収に相当した。
ゴブリンは最弱の魔物であり、銅貨十枚か、銀貨一枚で生み出すことができる。これは最低限の投資であり、高い金を払えばジョブランクの高いゴブリンを生み出すことも可能だ。ジョブランクが高いと身体能力や魔力など基本的な能力値が高い状態で誕生する。数より質を求めるのならば、課金額を増やすのが近道であった。
「申し訳ございません。私がもっと上手くダンジョン経営をしていれば」
「仕方ないよ。ユキリスは外敵を追い払うので精一杯だったんだろ」
「旦那様にそう言って頂けると助かります」
「まずは冒険者の集客をしよう。僕たちが倒せるような弱小冒険者をもっともっと集めるんだ。決して困難なダンジョンだとは思わせずに、客である弱小冒険者だけを集める。難しい課題だが、商人としての腕が鳴るなぁ」
「ですがどのようにして集めるのですか?」
「人を集める方法は一つだ。顧客の満足できるモノを用意する。すなわち弱小冒険者が揃って訪れたくなるような魅力あるダンジョンにするんだ」
「魅力あるダンジョン……」
「いくつか案はあるけど、一つは報酬の設置かな。上級冒険者は金に困っていないだろうけど、弱小冒険者は常に金欠だ。ちょっと値が張る装備なんかをダンジョン内に設置してあげるだけで、他のダンジョンと差別化できる」
「なるほど」
「もう一つは死なないダンジョンにすることかな」
「死なないですか?」
「うん。上級冒険者や奴隷商人のようなダンジョンの害になるような奴らは死んでくれた方がありがたいけど、弱小冒険者は何度も何度も襲撃してくれた方が経験値を得られるからありがたいだろ。だから殺さないで生かして返してあげるんだ。経験の少ない弱小冒険者にとって死なないこと以上に魅力ある付加価値はないよ」
死なないダンジョン。それは投資を必要とせずに、ダンジョンの経験値を積める妙案だった。レオナールは最弱のゴブリンダンジョンがこの先も生き残っていくためには、他のダンジョンと差別化していく必要があると考えていた。
「さて集客の方法に関してはこんな感じだ。次は魔物について話そうか」
レオナールは手の平に魔物カタログと記された本を生み出す。ゴブリンが表紙に描かれたファンシーな書物だった。





