第二章 ~『レオナール商会の仲間たち』~
レオナールが自殺した。この知らせはロト王国全土に広がり、無様な死にざまだと皆が嘲笑した。
そんな中でレオナールの死を悲しむ者たちがいた。首都エイトの商店通りにある一際大きな建物。レオナール商会の本店で、二人の男女が涙を零していた。
「坊や、どうして自殺なんかしたんだい……」
商店の社主であったレオナールの死を悼み、彼の似顔絵を前にして妙齢の女性はハンカチで涙を拭う。きめ細やかな肌と赤い髪、それに目の下の泣きボクロは、艶っぽさを放っていた。
「ジルたちのせいだ。あいつらがレオ坊を自殺へ追い込んだんだ!」
女性の隣に立つ男が涙を零しながら怒りの形相を浮かべる。若禿げが進行している男は丸太のような太い腕をテーブルに叩きつける。
「メリッサ、納得できるか!? あいつが情欲に駆られて仲間を襲う奴だと思うか!?」
「モーリー、その質問は愚問だよ。坊やはビジネスや魔物相手なら非情な人だったけど、決して仲間を裏切るような人じゃない」
「ジルの野郎が罪をでっちあげたんだ。それにリリスの奴もなんだあれは!」
「酷いよね。私たちは坊やがどれだけリリスちゃんに尽くしてきたかを知っている。一番大切な人に裏切られた坊やが可哀そうだよ」
「クソッ!」
モーリーが傍にあった椅子を蹴り上げると、椅子は勢いよく床を転がった。その椅子が突如勢いを止める。一人の男が椅子を踏みつけ、勢いを止めたのだ。
「誰だ!?」
「僕だよ、モーリー」
部屋に突如現れたのは、この世のものとは思えないほどに美しい少年だった。モーリーとメリッサはゴクリと息を呑む。
「椅子を蹴るなとあれほど注意したのに、またやったんだね」
「だから誰だ、てめぇは!?」
「僕だよ。レオナールだ」
少年がそう名乗ると、モーリーは怒りの形相を浮かべて少年の胸倉を掴む。そして丸太のような腕の力で、彼を持ち上げた。
「いいかっ! 教えてやる! レオ坊は死んだんだ! 自殺したんだよ!」
「僕は死んでいないさ。あれは死体を偽装したんだ」
「偽装だぁ! だとしてもだ! レオ坊はてめぇのような綺麗な顔はしてないんだよ!」
「待ちな、モーリー。もしかして本当に坊やなのかい?」
メリッサは何か確信めいたモノがあるのか、モーリーに手を離すよう命じる。
「メリッサ、どういうことだ?」
「リリスちゃんのことを思い出しな。あの娘もエルフの秘薬で顔を元に戻していただろ。坊やは火傷で分かりづらいけど、顔の造形は悪くなかった。もし火傷が治ればこんな顔になるんじゃないのかい」
「さすがはメリッサ。大当たりだ」
「信じるなよ、メリッサ。まだこいつがレオ坊だって証拠はないんだ。俺はまだ信じ切れてねぇ」
「しょうがないなぁ。僕が君について知っていることでも話せば信じてもらえるかな」
「話してみろよ。そうしたら信じてやる」
「君には生き別れた兄がいるだろ?」
「そんなこと調べればすぐに分かる」
「そうだな……なら君の娘の名前はニキータでニンジンが食べられない。理由は死んだ母親の好物で、思い出してしまうからだ。それから君の趣味は月に一度、娼館に通い、五人の娼婦にご主人様と呼ばせること。他にも色々あるけど、何が聞きたい?」
「本当に……生きていたのか……」
「生きているさ。モーリー、メリッサ。久しぶりだね。二人が元気そうで嬉しいよ」
「レオ坊!」
「坊や!」
三人は再会を喜び抱きしめあう。ギュっと込められた力には喜びの感情が過分に含まれていた。
「レオ坊、今までどこで何をしていたんだ?」
「そうよ。坊やがいなくなって心配したのよ」
「僕が追放されてから何があったか教えるよ」
レオナールはダンジョンに放り込まれたことや、ダンジョンマスターになったこと、今まで起きた出来事を整理して語る。
「これが僕に起きた出来事だ。説明した通り、僕はもうこの世にいない人間だ。レオナール商会の長として活動することはできない。そこで二人に頼みたいことがある」
「なんでもいってくれ」
「私たちは坊やのためなら何でもするわ」
「命がけになるかもしれないよ。それでもいいの?」
レオナールが二人に覚悟を問う。その覚悟に応えるように二人は真摯な表情を浮かべる。
「レオ坊。俺はあんたに救われた。娘の薬代を払えずに途方に暮れていた俺のために、金を立て替えてくれた。おかげで唯一の家族を死なせずに済んだ。あの時の感謝は今でも忘れてねぇ」
「私は坊やに救われた。娼婦をしていた私は毎日死ぬことしか考えていなかった。坊やが私をまともな人生へと引き上げてくれなければ、今でも、好きでもない相手に股を開いていたよ。私はあの時坊やのために死のうって誓ったんだ。この命、好きに使っておくれよ」
「ありがとう。お言葉に甘えて、僕はこれからレオナール商会の力を存分に使わせてもらうよ」
「で、レオ坊。いったい何をするつもりなんだ?」
「坊やのことだから、とんでもなく大きいことなんだろ?」
「大きいさ。なにせ僕はロト王国を乗っ取ろうと思っているからね」