幕間 ~『自殺した思い人』~
マリアンヌに連れられて、リリスは首都エイトの傍にあるソロの森へと訪れていた。夕暮れに照らされ赤く染まった森は、綺麗でもあり、どこか不気味でもあった。
「レオナールはこんなところに?」
「見えてきましたわ」
マリアンヌが連れてきたのはソロの森の中央に位置する大樹であった。この大樹は自殺の名所としても有名で、飛び降り自殺の死体や、首を吊っている死体が木の枝からブラブラと浮かんでいる。
「マリアンヌ。本当にこんなところにレオナールがいるの?」
「あなたの目の前にいますわよ」
「目の前?」
リリスは目を凝らすが、レオナールの姿はない。視界に映るのは大樹と、そこに吊るされた首つり死体だけ。
「え!?」
リリスは首つり死体の中に見覚えがある背格好を見つける。動物たちに死体を齧られたのか白骨化が進んでおり、確証を得るまでには至らないが、顔の火傷と身長がレオナールそっくりだった。
「う、嘘よ。レオナールなはずないもん」
「いいえ。この死体はレオナールですわ。その証拠に死体の腹部にナイフが何本も刺さっていますわ。これは犯罪者の死体を冒涜する時に行われる行為の一つですわ。きっと私が見つけるよりも先に、レオナールだと判別できる状態の死体を発見した誰かが、ナイフで刺したのですわ」
「で、でも、レオナールは犯罪者なんかじゃないわ」
「お忘れですの。ジルのために、私たちが協力して罪をでっち上げたではありませんか」
「そ、それでも、他の犯罪者の死体の可能性も」
「……諦めが悪いですわね。顔が焼けている犯罪者の死体が見つかる可能性の低さを考えれば結論は出ているでしょうに……仕方ありませんわね。実はもう一つ決定的な証拠がありますの」
「決定的な証拠?」
「遺書が死体の懐にあったのですわ。読んでみます?」
「う、うん」
リリスはマリアンヌから遺書を受け取ると、封筒から中身を取り出して確認する。
『僕は大切な仲間たちに裏切られ、その結果、パーティの女性たちを襲ったという罪で国外追放の刑に処された』
最初の一文に目を通し、リリスはこれがレオナールの遺書だと確信する。再び視線を送る。
『僕は人類や仲間のために一生懸命働いてきた。その結果がこれだ。生きていても仕方ない。僕は命を絶つことを決めた』
『どうしてこんなことになったのか。僕がいったいどんな悪いことをしたというのか。もしリリスだけでも僕の味方でいてくれたなら、きっと自殺なんて選択をしなかったと思う』
『リリスを幸せにするのが夢だったのに……リリスの笑顔を見るのだけが生きがいだったのに……』
『許さない……許さない……絶対に許さない……ジルもリザもマリアンヌも国王も人類も、そしてリリスも……絶対に許さない……』
遺書はそれからも恨み言が続いた。レオナールはリリスがどんな失敗をしても、どんなに傷つけても、絶対に怒ったりしなかった。その彼がこれほどに怒りと憎しみを露わにしている。その事実が彼女の目頭を熱くした。
「レオナール……ごめんなさい……わ、私、あなたに酷いことをしてしまった……辛かったよね……苦しかったよね……あなたはいつだって私に尽くしてくれたのに……あなただけが……私を心の底から愛してくれたのに……」
リリスは首を吊った死体を地面に下すと、皮膚が腐っていることなど気にもせずに、死体に抱き着いた。
「わ、私、あなたに謝りたい……もう一度顔が見たいの……だから生き返ってよ、レオナール」
リリスは顔が焼けた死体を涙で濡らす。ポロポロと零れる涙に、死体は何の反応も示さなかった。





