幕間 ~『レオナールと裏切りの後悔』~
リリスは夢を見ていた。視界に映るものは白い光ばかりで何もない空間。地平線の彼方まで白い景色は、彼女にとって見慣れた光景だった。
「この夢、見るのは何回目だろう……」
リリスがパーティから追放された日からすでに数日が経過していた。それから彼女が見る夢はすべて同じ。
「レオナール……」
リリスがそう呟くと、白い空間に顔が焼け爛れた少年が姿を現す。夢の中の彼は、リリスに満面の笑みを向けて、「大好きだ」と伝える。
リリスはレオナールから心の底から愛されているのだと実感する。彼は絶対に裏切らないし、いつも彼女の味方だ。
「レオナール、私もあなたのことが……」
リリスが言葉を言い終える前に、夢の中のレオナールは涙を零す。その表情には見覚えがあった。彼女がレオナールを裏切り、ジルを選んだ時の顔だ。
「私が馬鹿だったの……許して、レオナール……」
レオナールを裏切った時、リリスはジルのことを好きになっていた。名誉、将来性、身長、顔。彼はすべてにおいてレオナールを上回っていた。それもあり、長年尽くしてくれたレオナールのことを気持ちの悪いストーカーだとさえ思うようになっていた。
夢の中のレオナールは泣き続ける。その顔が脳裏から消えない。
夢は記憶の整理だ。レオナールを裏切った辛い記憶を忘れるためには何度夢を繰り返さなければならないのか。リリスは恐怖を覚えながら、朝が来るのを待った。
「今日の悪夢も終わりね……」
窓から差し込む日の光で、リリスは目を覚ます。周囲に視線を巡らせると小さくため息を漏らした。
リリスの寝室はレオナールがいた頃は埃一つない清潔な部屋だった。しかしレオナールがいなくなってからは、埃が宙を舞い、床にはゴミが散らばっている。
「ふふふっ、立派なゴミ屋敷ね」
リリスは食卓へと移動すると、何か調理でもしようと、戸棚を開けるが中には何もない。食材の買い付けはレオナールが担当していたため、彼女にはどこで何を買えばいいかさえ分かっていなかった。
「もし食材があっても、私、料理なんてできないけどね……考えてみれば私、レオナールにすべて任せっきりだったから、家事なんて何にもできない」
料理ができなくとも腹は減る。リリスは倒れそうなほどの空腹を我慢できず、何でもいいから口にしたいと、床に散らばったゴミの中からカビの生えたパンを取り出す。
「カビを取り除ければ食べられるよね」
リリスはカビの付いていない部分を齧る。ゴミの中に埋まっていただけあり、腐臭を放っていたパンは、口の中でもその匂いを強く主張していた。
「レオナールはいつも美味しい料理を作ってくれたなぁ……私が喜ぶからって隣町まで食材を買いに行ってくれて……あんなに私のことを大切にしてくれたのに……うぅ……私、本当に最低の女だ……」
カビの生えたパンに涙がポトリポトリと落ちる。その涙には後悔と罪の意識が込められていた。
「レオナール……また会いたいよ……」
リリスの願いに応えるように、家の扉をノックする音が響く。もしかしてと、彼女の心の中に淡い希望が宿った。
「レオナール!」
リリスは玄関へ駆けると、勢いよく扉を開く。そこにはレオナールの姿はなく、代わりにマリアンヌの姿があった。
「マリアンヌ……」
「あなたに報告ですわ。レオナールが見つかりましたの」
「えっ!?」
リリスは思い人が見つかったことに喜色の笑みを浮かべる。彼女にはレオナールなら謝ればきっと許してくれるという自信があった。再び幸せに暮らすビジョンが彼女の脳裏に広がる。
(レオナールと一緒に暮らせるなら、土下座でも何でもする。そして今度こそ彼に思いを伝えるの!)
リリスは希望に満ちた笑みを浮かべる。その表情が絶望の色に染まるのは遠い未来ではなかった。