幕間 ~『リリスと追放』~
「ゴブリンか。こんな高難度ダンジョンに相応しくない魔物だな」
このダンジョンは主となる魔物がドラゴンだが、それ以外の魔物も巣くっていた。ジルはゴブリン相手で助かったと内心ほっとしていた。
「レオナールがいてくれたらゴブリンたちを効率よく倒してくれたのでしょうが……」
「あいつの話は止めろ。あいつがいなくとも俺がやってやるさ。リリス、身体能力強化だ」
「は、はい」
リリスの魔法により身体能力が強化されたジルはゴブリンを切り伏せていく。圧倒的実力差を、彼は実感していた。
「やはり俺は強い。強いんだ!」
ジルの動きは留まることを知らず、ゴブリンたちを切り刻んでいく。そんな時である。彼にかけられていた身体能力強化の魔法が解除されてしまう。
「リリス、どうしたっ!」
「魔力が……尽きて……」
「嘘吐け! いつもなら平気じゃないか」
「で、でも……」
「命を絞り出すように魔法を使え!」
「は、はい」
リリスは再び身体能力強化の魔法を発動しようとするも、魔力が尽きてしまっては力を使うことはできない。無茶に身体が追い付かないのか、彼女は口から血を吹き出して倒れこんだ。
「マリアンヌ、リリスに回復魔法をお願いします!」
「分かりましたわ」
リザが心配そうに駆け寄ると、リリスを背負う。背負われた彼女の体調を戻そうと、マリアンヌは回復魔法を発動する。
「私が地上へ連れていきます」
「ジルはどうされますの?」
「俺は……クソッ、ゴブリンどもは数が増えていきやがるし、それに……」
ジルはゴブリンの群れを指揮している存在が目に入る。威圧感を放つその存在は、ドラゴンのダンジョンの魔人である龍人である。
「あの龍人はゴブリン相手に体力を消耗した俺たちを狩るつもりだ。ゴブリン相手に逃げるのは癪だが仕方ねぇ。撤退だ」
ジルたちはダンジョンから命からがら撤退する。ダンジョンの外は山の中で、木々が夕暮れに染められて朱色に染まっていた。
「こんな無様な敗走初めての経験ですわ」
「今回の敗因はすべてリリスのせいだ」
ジルはリザに背負われたリリスを掴むと、地面にたたきつける。背中に伝わる痛みで、彼女は意識を取り戻した。
「ジ、ジル……」
「どうして手を抜いた! リリスがいつも通りならゴブリン相手に敗走することもなければ、スカイドラゴンの首も討ち取れていた」
「わ、私、本気でやったよ」
「……俺は嘘を吐く女が一番嫌いなんだよ」
ジルはリリスの胸倉を掴んで持ち上げる。聖騎士の腕力に魔法使いの腕力で叶うはずもなく、その手を振りほどくことはできない。
「もう一度聞く。なぜ本気を出さなかった?」
「わ、私、本気で……」
「そうか。リリスの気持ちは分かった」
ジルは失望の表情を浮かべると、リリスの頬を平手で打つ。真っ白な肌に手の平の模様が真っ赤に刻まれた。
「ひ、酷いよ。ジル。優しかった頃のあなたに戻ってよ」
「俺は昔からこういう性格だ。優しくしてやったのは利用価値があったからだよ」
「り、利用価値っ」
「俺はリリスの魔法使いとしての実力を高く評価していた。美貌と実力を兼ね備えた俺の女に相応しい存在だと思っていた。けどな、俺は女に困っていない。実力の伴わない顔だけの女に興味はねぇんだよ」
ジルは再びリリスを地面にたたきつける。そして地面を転がるリリスの腹を、ジルは蹴り上げた。リリスの口から血があふれ出る。
「俺は今日の戦いで死んでもおかしくなかった。土壇場で役に立たない無能が。てめぇはパーティから追放だ」
「そ、そんな……」
ジルの慈悲のない言葉に、リリスは涙を流す。彼女はジルに対して軽蔑を抱き、また彼女自身意識しないままに「……レオナールならこんなことしないのに」とボソリと呟いた。
「レオナールだとっ! 俺があいつより劣っているとでも言うつもりかっ!」
ジルは地面に転がるリリスの髪を引っ張りあげる。苦痛で歪む彼女の顔を前にして、彼は手の平に炎を宿す。
「訂正しろよ。『ジル様は無能なレオナールより何もかも優れています』と認めろ。もし認めないなら、再び顔を焼いてやる」
「うぅっ……」
リリスは涙を零しながら逡巡するも、自分の身を守るために口を開いた。
「ジル様は……無能なレオナールより……何もかも優れています……」
「本当、最低な女だな、お前は」
ジルはリリスの髪から手を離すと、彼女を置いてその場を立ち去る。二度と顔を見せるな。彼の去り際に残した言葉はリリスの脳内に反響し続けた。





