幕間 ~『ジルと敗北』~
ジル率いるパーティはロト王国でも屈指の難易度だと評されているドラゴンのダンジョンを訪れていた。過去誰も踏破したことのないダンジョン。攻略して伝説になってやると、ジルは意気込んでいた。
「ジル、私たちはドラゴンに勝てるでしょうか?」
第三階層へと繋がる階段を下りながら、武闘家のリザはジルへと訊ねる。
「勝てるさ。俺たちは最強の聖騎士、最強の聖女、最強の武道家、最強の魔法使いの集まりだ。足手まといの商人もいなくなったし、負けるはずもないね」
「ジルがそういうなら……」
「あら? リザ、あなたジルの意見に何か反論でもありますの?」
「そういうわけでは……」
「リザ、不満があるなら言えよ。お前は俺の女だからな。いいや、お前もだな! ガハハハッ」
「…………ッ」
レオナールがいなくなり、男一人、女三人のパーティになってから、ジルは増長するようになっていた。そうなった最大の要因は、三人の女全員が、ジルに好意を寄せていたからだ。
ジルは確かに女性の憧れとなりうる存在だ。整った顔と、聖騎士としての権力や将来性など、彼の長所であった紳士的な態度に陰りが見え始めたとしても、その魅力は強く輝いている。
「そろそろ三階層だよ。みんな気を付けてね」
リリスが注意を促すと、プロの冒険者であるメンバーたちは皆真剣な表情へと変える。三階層。ドラゴンのダンジョンで誰も辿りついたことがない領域へ彼らは降り立った。
「ここが第三階層か。第二階層とあんまり変わらないな」
ジルは周囲に視線を巡らせる。岩肌が晒された大広間は第二階層と変わらない景色だった。
「ジル、あれ!」
最初に気づいたのはリザだった。緑色の鱗を持つ龍が岩の陰から飛び出てきたのだ。
「あれはまさか……スカイドラゴンか」
「スカイドラゴン?」
「風を操り、火を噴くドラゴンだ。鱗は鉄のように固く、下級冒険者では傷一つすら付けることができないそうだ」
伝説の敵を前にしてジルは剣を構える。彼は勝利を確信した笑みを浮かべ、いつものように叫んだ。
「リリス。俺に身体能力強化の魔法をかけろ」
「はい!」
リリスは魔力を練り上げ、身体能力強化の魔法を発動する。ジルは魔法の発動を感じ、剣が軽くなったのを感じた。
「聖騎士の実力を見せてやる」
ジルは剣を振り上げて、スカイドラゴンの足を切りつける。しかし傷一つ付かず、剣の方が刃こぼれしてしまう。
「リリス、まだ足りない! いつものようにもっと強力な魔法を頼む」
「はい!」
リリスは身体能力強化の魔法を再び発動する。ジルは力が増したことを実感するが、いつもとは比べ物にならないほどに低レベルな強化に不満げな表情を浮かべる。
「リリス、お前の力はこんなものじゃない。これではスカイドラゴンを倒せない」
「次は全魔力を注ぎ込みます」
リリスは可能な限りの魔力を燃やし、身体能力強化の魔法を発動するも、ジルがいつもと同じ力を得ることはできなかった。
それはある意味当然のことで、ジルたちは知らなかったが、リリスが身体能力強化の魔法を発動するとき、レオナールがそこに合わせるように重ね掛けしていたのだ。レオナールの力が欠けたのだから、身体能力強化の力もリリス単体の性能しか発揮できない。
「リリス、頼む! 早く本気を出してくれ」
「本気を出しているの。けど……」
「もういい! 俺の力で何とか――」
ジルが言い終える前に、スカイドラゴンが口から炎を吹き出し、彼を襲う。炎は彼の身体を掠め、鎧を焼く。直撃すれば死ぬ。ジルはそう確信した。
「に、逃げるぞ。撤退だ」
ジルはスカイドラゴンに勝利することはできないと諦め、階段を昇り、二階層へと逃げ込む。
「ま、負けてしまいましたわね。やはり三階層の相手は強敵ですわ」
「スカイドラゴンが相手なんだし、仕方ありませんね」
マリアンヌとリザは相手がスカイドラゴンだから負けたのだと納得していた。しかしジルとリリスは互いに納得しきれない部分があった。だが二人はそれを口に出さない。ジルは軽く舌打ちすると、大きくため息を吐いた。
「今回は敗北したが、誰も死ななかったんだ。運と相手が悪かったと諦めるよう」
ジルがそう口にした瞬間、通路からいくつかの人影が現れる。人影の正体はゴブリンだった。ゴブリンの群れが通路から姿を現すと、彼らを取り囲んだ。