第一章 ~『ユキリスを守る覚悟』~
レオナールはユキリスに連れられて、エルフの村を訪れた。吹けば吹き飛びそうな木組みの家々だが、自然の中に溶け込んだ建物にみすぼらしさはなかった。
「旦那様、こちらが我らエルフ族の暮らす村です」
「村はこれ以外にもあるの?」
「いいえ、こちらだけです」
「そうか。随分と少ないんだね」
建物の数は多く見積もっても百より少ない。つまりエルフの人口もさほど多くないことが見て取れた。
「私たちエルフは人間たちにとっては高く売れる愛玩動物なのです。冒険者たちは幸せに暮らす我らが家族を無理矢理捕まえ、奴隷として売る悪魔です」
「…………」
「奴隷として売られた者は皆、きっと今でも死ぬような辛い思いをしていることでしょう。これもすべてダンジョンマスターだった私の責任です。私が無力だったために、仲間を守ることができませんでした」
ユキリスはポロポロと涙を零す。仲間たちを突然拉致されていく彼女の気持ちが、痛いほどにレオナールへと伝わった。
「ごめん、ユキリス。きっと今までの僕もあいつらと同類だった。深く考えずに、ただ感情のままに魔物を殺していた」
「旦那様……」
「罪滅ぼしになるか分からないけど、僕が君たちエルフを守るよ。必ず、守ってみせる」
「旦那様にそこまで仰っていただけるなら対価を差し上げねばなりませんね」
ユキリスがレオナールに抱き着くと、傍にある一際大きな建物へと連れ込む。そのまま寝室へ案内すると、彼女はレオナールをベッドに押し倒した。
「な、なにをするんだ!」
「旦那様、私は旦那様と結ばれるこの日をいつも夢見てきました。その願いがようやく叶います」
「や、やめてくれ。離れるんだ」
レオナールはユキリスを押しのける。彼女は拒絶されたことにショックを受けたのか、目尻に涙が浮かんでいた。
「どうしてですか、私たちはいずれ夫婦になるのですよ」
「婚約者の話なんて父親が勝手に決めたことだ。夫婦になんてなる必要ないよ。それに僕はリリスに裏切られたことが頭から消えないんだ」
レオナールは今まで何があったのかを語る。リリスに尽くしてきたこと。しかし彼女は最後に裏切ったこと。
「僕はリリスのことを愛していた。彼女を幸せにするために人生すべてを捧げるつもりだった。けどね、現実は非情だよ。僕はジルと違って、聖騎士のような名誉もないし、スマートな女性を楽しませる会話もできない。背も低ければ、最弱の商人のジョブクラスだ。そして何よりこの焼け爛れた顔だよ。こんな醜男を好きになってくれるはずがなかったんだ……」
「…………」
「愛していたのに……世界の誰よりも好きだったのに……うぅ……」
レオナールはリリスのことを思い出し、肩を震わせる。彼にとって彼女は人生のすべてだった。また同じように裏切られたら、彼は二度と立ち直れないと確信していた。そんな彼の手をユキリスの白い手が優しく包み込む。
「私では駄目ですか?」
「え?」
「私こう見えても外見には自信があるんです。顔は整っている方だと思いますし、胸も大きいですから。かなりの優良物件だと思うんです。それに何より私はあなたのことを世界の誰よりも愛しています」
「で、でも、僕は顔が……」
「だからどうしたと言うのです。旦那様は旦那様ではありませんか。顔が火傷しているくらいで嫌いになるようでは恋ではありません」
「そんなことを言っても心の底では僕のことを醜い化け物だと――」
レオナールが言葉を言い終える前に、彼の唇はユキリスの唇で塞がれていた。少しの間、触れあうと彼女はゆっくりと唇を離した。
「醜いと感じている男性にこんなことしませんよ」
「どうして……僕なんかを……」
「子供の頃の私は両親を亡くしていつも一人でした。引き取られた後もしばらくの間はそうでした。当時の私は虚勢を張っていましたが、本当はずっと一人で寂しかったのです。そんな時、あなたは私に声をかけてくれました。本当に……嬉しかったのです……」
「そんな昔のことを。それに僕の顔は……」
「旦那様はまずは自信を付けないといけませんね」
ユキリスは腰に付けた革袋から小瓶を取り出す。レオナールはそれについて見覚えがあった。
「エルフの秘薬。なぜそれを?」
「旦那様、私はエルフの長ですよ。仲間が命の危機に晒された時のために常備しているのです」
「そんな大事なものを僕のために勿体ないよ」
「旦那様のためではありません。これは私のためです。私が旦那様に幸せになって欲しいから、この薬を飲んでもらいたいのです」
レオナールは以前同じような話をリリスに対してしたことを思い出し、フッと笑みが零れた。彼は薬を受け取ると、それを一気に飲み込む。すると彼の顔の火傷が消えて、元の顔が浮かび上がってきた。
「旦那様、可愛い♪」
ユキリスがレオナールに抱き着く。可愛いという言葉に彼は戸惑っていた。
「ぼ、僕が可愛いだって」
「手鏡です。顔を確認してください」
レオナールは自分の顔を鏡に映す。そこには天使という表現が最も近い美少年の顔があった。くりっとした大きな瞳に、色素の薄い唇。あどけなさを残す顔は、女性ならば誰しもが母性本能をくすぐられるだろう。
「これが僕の顔……」
「旦那様、これで自信が付きましたか」
「う、うん。これならリリスも……いや、リリスのことは忘れよう。僕はリリスに裏切られたんだから」
「旦那様……」
「ユキリス、僕は君に救われた。もう絶対に君から離れない。僕の人生すべてを賭けて君を幸せにしてみせるよ」
「はい、旦那様♪」
二人は気持ちを確認し合うように抱きしめあう。レオナールは彼女を守るためなら鬼にも悪魔にも魔王にでもなることを決意した。