第一章 ~『ユキリスとの出会い』~
レオナールは奴隷商人たちを倒すと、彼らの遺物から奴隷を捕らえた鍵を拾い上げる。その鍵を使い、鞭で打たれていたエルフの手錠や、荷馬車の錠を開けていく。
捕らえられていた最後のエルフが荷馬車から下りてくる。ピンと伸びた耳に、赤い瞳と白磁のような白い肌、そして透き通るような銀髪は、息を呑むほどに美しかった。
「旦那様! 我らを助けに来てくれたのですね!」
エルフが感涙の声をあげて、レオナールに抱き着く。レオナールの鼻腔に花のような香りが広がった。
「だ、誰だい、君は?」
「私です。あなたの幼馴染のユキリスです!」
「幼馴染……」
「もしかして私のことを覚えていらっしゃらないのですか?」
「じ、実は……」
「やはりそうですか。以前街でお会いした時の反応から予感はしていましたが……」
「あ、そうか、あの時の……」
レオナールは外套を被った美女に慰められたことを思い出した。
「あの時は顔を隠していましたから分からないのも無理はないと思いましたが、まさか名前を伝えても思い出していただけないとは……少しショックです」
「ごめん。昔、とある事件があってね。それ以来、過去の記憶が曖昧なんだ。何か僕について知っていることがあるなら教えて欲しい」
「……ええ。ではお伝えしましょう。あなたがいったい何者なのかを」
ユキリスは一呼吸分、間を置くと、意を決したように話し始めた。
「旦那様。あなたは私の婚約者なのです!」
「え、ええっ!」
「驚かれるのも無理はありません。しかし事実なのです」
「で、でも、突然そんなことを言われても信じられないよ」
「ですので経緯を説明させていただきます。私たちエルフ族は半世紀に一人しか男性が生まれません。しかし唯一の男性であった私の父は亡くなってしまいました。このままでは種族の存亡に関わる。その危機を救ってくれたのが、旦那様のお父様なのです」
「僕の父親……」
レオナールは両親に関する記憶が残っていなかった。それは顔どころか名前すら記憶になく、姉に聞いても両親については何も知らない様子であった。
「旦那様のお父様は私の父と親友でした。故に親を亡くした私を娘同然に育ててくれ、婚約者の立場まで私に与えてくれたのです。これによりエルフ族は旦那様という男性と結びつき、種の絶滅を防ぐことができます。家族を亡くして絶望していた私に生きる希望が宿ったのです」
「…………」
「それから旦那様と私はケルタ村で共に過ごしました……リリスも一緒でしたが、三人で悪戯をしては大人たちに叱られたものです」
「リリス……」
「でも私たちの絆を引き裂くような事件が起きました。聖騎士団によるケルタ村の襲撃です。私は配下のエルフたちに連れられ、難を逃れることができました。しかし旦那様は……」
「顔のことなら気にしなくていいよ。命は無事だったんだからね」
「ありがとうございます。私も人伝に旦那様が無事だとは聞いていました。私は何度も旦那様に会いに行こうとしました。しかし私はエルフを束ねる長としての責務があります。仲間を置いて婚約者に会いに行きたいとは言えず、ずっと会えずじまいで……街でお会いしたのも偶然だったんですよ。街で再会した時、旦那様は泣かれていましたが、本当は私も泣くのを我慢していたんですから」
ユキリスは目尻に浮かんだ涙を拭う。レオナールに会えたことを心の底から喜んでいることが伝わってきた。
「一つ教えて欲しい。僕の父親はどこにいるんだ? もし家族がいるのなら会ってみたいんだ」
「残念ながらあなたのお父様はもうこの世にいません」
「……覚悟していたけど、それは残念だ……どんな人だったんだい?」
「強くて優しい人でした。魔物や魔人から慕われる魔王様の中の魔王様でした」
「ま、魔王。僕の父親が魔王!」
「そうです、旦那様。あなたは魔王の血を引く唯一の生き残りなのです。どうぞ、我らを導きください、魔の王よ」