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【フム】  作者: ガイア
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シトの過去

一話からストーリーとキャラを決めていたランコの兄のシトの過去編です。


フムの体の居場所はフムとアーサーの自宅前。

フムの体と一緒にいるのは、アーサーではなく目立たない黒いフードを被った燻んだ白髪、無気力な死んだ魚のような目をした青年。

シトだった。


「ここが君のいた家だよ」


シトは、おんぶしたフムの体に話しかけるが、その声に感情はこもっていなかった。


「さて、彼女を作った発明家はどんな顔をしているんだろうなぁ」


シトは、大きなロボットによって破壊された玄関へと向かう。


「俺は何に関しても興味というものがなかった。生きる事にも無気力だった。でも、俺は今すごく楽しい。知りたい。お前のこと、お前を作った奴のこと」


口だけニヤリと歪ませシトは少し歩調を速めた。



俺とこいつの出会いは突然だった。

いや、運命の出会い、と言っても良かったのかもしれない。


「流石お坊ちゃん!何をしても天才です!!」


「ありえない...これが神童か!!」


「これは将来が楽しみだ」


小さい頃から俺は、天才、神童、イアンビリー家のお坊ちゃんと言われもてはやされて生きてきた。


当たり前だ。


俺はなんでもできるから。

初めて見る料理も、仕事も、発明も、レシピや資料に目を通し、取り掛かればできてしまう。作れてしまう。

なんでもできる、は語弊だ。

できてしまう。


俺の事を気持ち悪がる奴がいるくらいに。

俺には妹が二人いるが、その二人は俺と比べられて、苦労していたみたいだ。

でもそれも仕方ないよな。

俺が兄なんだから。

俺は、小さい頃から皆に褒められる事が好きで、何でも頼まれればやってきた、披露してきた。

だが、できてしまうとレベルの高いものをどんどん要求され、沢山頼まれごとや、仕事をかかえすぎていた俺は、もはや神童でも天才でも坊ちゃんでもなくただの大人の奴隷だった。


発明に熱中していたらあっという間に半年が過ぎていたことや、仕事で食べるのを忘れてたら三ヶ月以上過ぎていたこともあった

誰かが毎日ご飯に呼びにきていたようだが気がつかないくらいに集中していた。

トイレと風呂でも俺は仕事のことを考えていた。


そんな日々が続いた12歳のある日、俺はとうとう壊れた。

体が突然動かなくなった。

何も作れなくなった。何もできなくなった。

父親は金を稼ぐ道具である俺を急いで病院へ連れて行った。


「過労ですね。もうすぐで死んでしまうところでしたよ。こんな枯れた砂漠のようになって息子さんはどんな生活をなさっていたのですか?」


頰はやせこけ、綺麗な青色の髪はくすみ、女のように長い伸ばしっぱなしの髪の少年は、もはや幽霊のようだった。


耳が聞いていた。


「三ヶ月以上は、息子さんを休ませてください。じゃないと命の危険があります。しばらく彼は休養と安静だけに集中してもらいます。何もさせません」


何もさせない、だと?

それは困る。

俺は、仕事をしなくちゃいけない。発明をしないといけない、皆の役に立つ道具を作らないといけない。


できる俺がやらないといけないんだ。

できる奴がやるのは当たり前だ。できる奴がやらないなんて、休んでるなんて、それはいけないことだ、怠慢だ。

12歳の俺でもわかる事だった。


「あなたが父親ですか?あなたをこちらから虐待の疑いで通報させていただきました」


そんなのがちらっと聞こえたと思ったら、毎日のように依頼と来客が来ていたのが嘘のように俺の所には誰も訪ねて来なくなった。


病院は俺に休養と安静以外させようとしなかった。

部屋には何もなかった。

テレビも、紙も、ペンも、工具も、鉄も、何も、なかった。


だから俺は、4歳の時に読んだ発明家の本を思い出して読んだり、朝起きてから病室の窓の外を通る鳥を数えたりして過ごした。


1週間も立つと本当に何か考えることもしなくなり、ただご飯を食べ、トイレに行き、お風呂に入り寝るだけの生活をしていた。

だが頭の中は常に罪悪感でいっぱいだった。

布団にくるまりうわごとのようにブツブツ呟いた。

「俺はできる奴だから誰かの役に立たないといけないのに何かしないといけないのにこんな風に怠惰な日々を送って俺は本当にダメな奴だ。早く何かしたい何かしないと俺はダメになる俺はダメになってしまう俺がやらなきゃ誰がやるんだ俺の代わりに何ができるんだ俺がいないとどうなると思っているんだ」


1週間以上たったある日、初めて看護師が来て俺に話しかけた一言を今でも覚えている。


「ゆっくり休めた?」


ゆっくり、休めたか?

これが休む、ということ?

休むってなに。こんな人形みたいな生活をするのが休むということなのか?

俺は、こんな生活を送る事を望んでいたわけではない。

また前みたいに忙しく人に頼られる日々が、俺の存在の重要性を感じられる俺が頼られていると感じるあの日々が一番幸せで......。


「すごいな!天才だよ」

「ありえない、こんな子供がいるなんて」


そう言われていたのはいつだっただろう、


「全くいい息子を持ったな羨ましいよ。また10個程作って欲しいものがあるんだ。早めにあの子供に作らせるように言っておいてくれ」

「あの子供にやらせていれば間違い無いし、金は儲かるし、あの子供を誘拐しようっていう計画が密かにたってるらしいぞ」


俺は、知らないうちに右目から涙が流れていたらしい。


看護師は、何故か俺を抱きしめた。


「こんな...子供になんて事を....」


温かく、優しく、柔らかい。

こんな感覚は初めてだった。

死んだ母親が生きていたらこんな感じだったのだろうか。


「もう何もしなくていいのよ?あなたはまだ子供なんだから、大人の道具なんかにならなくていいの、好きなように好きな事をすればいいの、興味を持った事、楽しい事をすればいい、嫌なこと、興味のないことはしなくてもいいの。親の依頼の発明や仕事なんて子供の、12歳のあなたがやることじゃない!」


好きなように、好きな事を。

よくわからない。

しなくてはいけないことをして生きて来た俺は、好きなこと楽しい事、興味のある事というものに今いちピンとこなかった。


「まずはその長い髪を切っちゃいましょうか」


看護師は、仲間を連れてきて、俺の髪をみんなで切った。


「まあ、髪切ったら顔がよく見えるわイケメンね坊や」

「ねー、将来が楽しみだわ」

「お嫁さんにもらってもらおうかしら」

だなんて、看護師のおばさんたちがいうが、俺はなんて返したらいいかわからなかった。


日常会話が、なかった。

仕事依頼のメールが来て、たまに父親から依頼の内容を聞かされたり、前は客に会いたいと言われ依頼を聞きに言った事もあったが、いつしかそういうのもなくなって、何年もブツブツと独り言しか話さなくなったから人と話す事が、わからない。


「あ、えっと」


「大丈夫よ。私達には気を使わなくて。少しずつ、少しずつ、ね」


そう、看護師のおばさんがいうように俺は少しずつ、人形みたいだったのにね、と言われるくらいに人間の反応ができるようになっていった。


そしていつしか、俺の所に病院の子供達が訪ねてくるようになった。


「お兄ちゃん!折り紙で鶴を折って!」


患者の女の子が俺に駆け寄った。


「....まず鶴の資料を頼む。鶴の体の構造はまだ本でも見てないしな」


「私鶴作れるよ!見てて!」


「何だと...どれくらいの期間がかかると思っているんだ?」


別の女の子が、折り紙で器用に小さな鶴を折った。


「わぁ!すごーい!」

「だめだめ!これはお兄ちゃんの分なんだから!ニーナにはこれから新しいの折ったげる!」


はい、とにっこり笑って赤い鶴を俺に差し出す女の子。


俺は、紙の鶴を横から眺めたり上から眺めたりいろんなところから眺めながら


「なんだ、こんなものでいいのか?それなら目をつぶってでもできるぞ」


「目をつぶって鶴が折れる人なんているわけないじゃん!」

「すごーい!目をつぶって鶴が折れるの?」


俺は、目を閉じてさっき見た鶴を折ってみせた。

目を開けるとキラキラした二人の女の子がパチパチと小さな手を叩いていた。


「すごーい!もっとやって!」


俺は、目を閉じて鶴を折ったり折り紙で子供が遊べる城を作ってやったりしているうちに、俺の病室のベッドはいつしか子供達に囲まれていた。


「シト!次は何してくれんの!何作ってくれるの?」

「すごーい!すごーい!」


なんて、前とやっていることは同じだった。

依頼主が子供に変わっただけ。

俺は天才だからやはり人に囲まれ何かをする事が当たり前でそれが普通なんだ。


「シトお兄ちゃん!目をつぶって!」


今日は、黒髪ツインテールの俺の所に毎日一番に走ってくるニーナが突然目を瞑れと言ってきた。

またどうせ鶴でも折ってほしいんだろう。


「いいけど、鶴?車?何がほしいんだ?」


「ふふふ、今日はちがうよ〜ニーナについて来て!」


ニーナは、俺の手を握り目を閉じるようにいい俺の手を引く。

どこかに連れて行くつもりなのだろうか?

まぁこの病院は俺の庭みたいなものだ。目をつぶってでも病室を歩き回れるので、目を閉じてニーナに体を任せる。


さて、どこに連れて行かれるんだ?

歩いて行く方向は、子供達の遊び場でもあるチャイルドスペース。

なんだ、向こうで折り紙を折れって事か。


「目を開けていいよ、お兄ちゃん」


目を開けると、パンッパパパンッと爽快な音が響き、紙吹雪が舞った。


「誕生日おめでとう!シトお兄ちゃん!」

「誕生日おめでとう!シトくん!」


子供達と看護師のおばさん達、全員で声を揃え、俺に向け笑顔で声をかける。


「え?」


「今日誕生日でしょ?自分の誕生日なのに覚えてないのー?」


ニーナが俺の手を引いて皆の所に連れて行く。

思考が停止して追いつかない。

今日は、俺の誕生日だったのか?

ただ、日常を生きるだけの俺は、自分の誕生日なんて意識した事なかった。


「誕生日プレゼント!」


子供達からは、赤くて大きな箱いっぱいに俺が今まで作って来た折り紙が沢山入っていた。その中には、カラフルな鶴が繋がったものもあった。


「これは、お兄ちゃんに教えてもらった折り紙を私達皆で作ったの!看護師さんに教えてもらって、「センバヅル」も作ったんだー!」


俺と違っていびつな形の折り紙達が箱の中にあった。センバヅルという大きな飾りも、数え切れないくらいの鶴が繋がっていた。


「お兄ちゃんが教えてくれたから!私達はこんなにすごいものが沢山作れたんだよ!お兄ちゃん!ありがとう」

「おめでとう!」

「お兄ちゃん!大好き!」


俺は、次々と抱きついてくる子供達に埋もれ、倒れた。

天井を見上げると、なんだか視界がどんどん歪んで来た。


「あぁ....あぁあ...あああ!!!」

なんだか、大きな声を上げて泣きたくなった。

涙が止まらなかったが、俺は笑っていた。

初めてかもしれない。こんなに笑ったのは。


「俺も大好きだ....ありがとう....ありがとう皆」


これが、幸せというやつなのだろうか。

だったら俺は、こんな日がずっと続いてほしいと──。



「そう思っていたのに」


次の日の朝、起きたら俺を起こしにくる看護師はいなかった。

いつも俺に飛びかかってくるニーナはいなかった。

俺に折り紙を教えてくれとせがむ子供は、俺の容体を心配する医者も、いなかった。


俺しか、病院にはいなかった。


「シト、お父さんが迎えに来たよ」


振り向くと、顔も忘れかけていた父親がいた。


「み.....みんな...は?病院は?子供達は?看護師のおばさん達は?病院の先生は?」


「みんな?何を言っているんだシト。そんなのは、全部夢だ。そんなものは全部なかったんだ。お前は精神を病んでいたからな。きっとそんな夢を見ていたんだ」



「ゆめ.....?」


あれが、ゆめ?

俺は、ずっと夢を見ていたのか?

あの幸せだったのは、疲れた俺が見た夢...?

流した涙も折った折り紙も、あの繋がった鶴も皆との繋がりも全てが夢だったのか?


俺は、がくりと膝をつき動かなかった。


「お、おい....シト..か、髪が」


何か隣で言っていたような気がするが、よくわからなかった。


シトの髪は、海のような青色の髪から感情や、表情の色が消えるように色彩を失い、線香が燃え尽きた後の灰のような白になった。


それから家に戻ると、沢山の大人が大きな手を叩き拍手で俺を迎えた。


「やっと戻って来てくれたんだね!」

「いやー長かったよ。君がいなくて僕達も困ってしまってね」

「病院を調べたり、その後の始末とか色々大変で」

大人に囲まれ、何かを言われていたようだが聞こえない。

俺は、俯いて大人の間を通り過ぎた。



後日、父親の扉の前を通りかかった時


「あの病院の奴ら俺達の道具を盗んだもの同然だ。あれと交換で圧力をかけていたが一向に奴ら、あれを差し出さないからな」


「まぁ、あれが帰ってきてよかったじゃないですか。最後は強制的に住人の排除という形になりましたが」


「居場所をなくしてしまえばこちらに帰ってくるしかなくなりますからね。本当に良かった」


「これでまた、俺達は安泰だ」


俺は、無表情に無感情にその話を聞いていた。


怒りも悲しみも復讐心も涙も殺意も何も、何も感じなかった。


シトは、風がさらっていったように空っぽの抜け殻になっていた。

今回も読んでくださりありがとうございました。

私が書いてきた小説の中で一番重い話になりました。

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