ランコの決意
ランコ編の最終話です
「マスター...って、アーサーのこと?幸せにできるのは私しかいないってどういうこと?」
突然無表情でアーサーを幸せにできるのは私だけ、と言われても。
「あんたみたいに紅茶一つも淹れられないもさもさメガネ女じゃ今一つ不安だけど仕方ない」
アーサーの家にいた時のフムと全く態度が違う。
なんていうか...攻撃的..な。全部本当の事を言っているから特に何も感じないけれど。
「マスターは、あんたのことが好きなの恋愛対象としてね」
フムは、無表情のまま私に告げた。
えぇ、私も好きですよ。アーサーの事が。
............!?
「え?えぇええええええええ!?」
私は今まで生きてきた中で一番大きな声を出し立ち上がった。
「全くあんたもマスターの事が好きだろうしマスターもあんたの事が好きだなんて...」
いや、多分、いや絶対違う...あのアーサーが!?王子様みたいなアーサーが!?私の事が好き?しかも恋愛対象として?
「な、なんで私がアーサーの事が好きだってわかるの!?ま、まさかさっき家の中をのぞいたみたいに人の心を読むこともできるの!?」
「あんたを見ていれば馬鹿でもわかる。流石のフムも心を読むことはできなかったみたい」
フムは、目を伏せ、すぐにキッと視線で私を捕らえる。
「マスターは天才発明家だから、お金目当ての女かと思って心を読もうとして見たけれどできなかった。マスターが心を読もうとしている私の顔を見て怯えてたから読もうとするのもすぐやめたし」
「わ、私はお金目当ての人じゃ...ないよ!」
私もそれにはキッと彼女を見据え目で反論する。
「それはさっきから話しててなんとなく違うって理解したから大丈夫」
「そ、そっか...よかった」
安堵し胸をなでおろすけれど、アーサーにお金目当ての女の人がよく近づいて来たりしてるのかな?
「フムはマスターの事が好き、この世で一番好き何よりも好きマスターがいれば他に何もいらないくらい好きマスターはフムに命を与えて一緒に過ごしてくれた。前にテレビでやってた、男は三歩下がってついてくるような女が好きなんだって、フムはマスターが好いてくれるような女になるように努力したし、マスターの事だったら誰にも負けない」
胸に手を当て言葉を私に弾丸の如くぶつける。
つまり彼女は、何が言いたいのか、馬鹿な私には、わからなかった。
「でも、私はロボット」
フムは、無表情な顔を床に落とした。
「私は小さいまま、マスターは成長して、どんどん大きくなっていく、マスターは、マスターのおじいちゃんみたいに動かなくなってしまう。そんな中私はロボットだからもしフムが突然動かなくなったりしたら....マスターは一人になってしまう。マスターは、貴方の事が好きだって言ってた。マスターには、幸せになって欲しいから、私にもしもの事があったら、ランコにマスターをお願いしようと思って」
「ちょ、ちょっと待って...フム..ちゃん何言ってるの?」
「あんた、きっと悪いこと思いつかないくらい馬鹿だろうし。それにマスターの好きな人なら...きっと悪い人じゃない」
フムは、私の両手をとった。
「なんだか最近嫌な夢を見る。フムとマスターが離れ離れになる夢。一人ぼっちになったマスターにランコ、あなたが駆け寄る。フムの嫌な夢はよく現実になる。マスターに何かあったらフムが絶対助けるけど、マスターが頼れるのは今はフムしかいないの。でもフムは今日あなたに頼んだ。もしフムに何かあったらマスターをお願いね」
力強く私の手を握る彼女に、私はどう返していいかわからなかったけれど、こんなに大好きなアーサーを私に任せてくれるなんて私はとても嬉しかった。
「フムもマスターも友達がいないからお互いに何かあったら頼れるのはあなたしかいないのよ不本意だけどね」
フンとそっぽを向くフム。
「フム...さんって、もしかして私のこと嫌い?」
馴れ馴れしくちゃんって呼ぶのも嫌だったかな?私みたいなのが気安くちゃん付けなんて、そうだよね。しちゃいけなかったよね...。
「何で?嫌いな相手に頼み事をしたりする?」
「だ、だって、アーサーへの態度と私への態度が全然違うから」
「当たり前でしょう?ランコは私のライバルなんだから」
「ら、ライバル?」
「昨日ドラマで見たのよ!じぇらしー!ふたりきりでのつもるはなし!しゅらば!全て恋のライバルがすることよ!私はマスターが好き、あなたもマスターが好き、マスターは今のところあなたの事が好きみたいだけれどいずれフムの方が好きだっていわせて見せるんだから。それに私はマスター以外の相手と話した事がないからどう接していいかわからない」
ビシィと私を指差し私とライバルを宣言するけれど私は複雑な気持ちだった。
「ライバル...って、本で見たけどお互いが対等な時に成り立つものでしょう?...私はフムさんみたいに美しくないし、こんなだし、自分に自信もないし...」
「何言ってるの?あなたは私にはそりゃ劣るけれど綺麗だと思う」
「えっ...!?いや、綺麗って」
こんなもさもさの髪型で、丸眼鏡でネガティブでうっとおしくて気持ち悪い私が?
「.....それはどういう...」
「さて、フムそろそろ帰らないとマスターが待ってるし..伝える事は伝えたし」
フムは立ち上がり私を首だけ振り返り
「ランコ、フムにもしものことがあったらマスターを頼んだ」
と親指を立てた。
***
今思えば、フムは私にしか頼れる相手がいなかったのかもしれない。
フムにはアーサーが、アーサーにはフムが二人で一人のように支え合ってきた二人が離れ離れになる事なんて思うはずなかったんだから。
***
フムと私が屋根裏部屋から出た。
家族に絶対会わないように周囲を見回しながら彼女と玄関に向かう。
玄関に手をかけた時、ガチャリと玄関が開き────。
お父様が現れた。
「なんだ、こいつらは」
お父様は、私達二人を見下ろす。
しまった...終わった。
どうしよう、なんで、夕方まで...いつも帰ってこないのに、どうして急いで時計を確認する。
昼の三時頃。やはり普通より早い。
「誰この人、もしかしてあなたのお父さん?」
フムは私の白衣の袖をクイクイ引っ張る。
どうしよう...どうしよう、終わった。終わった、どうしよう、どうしよう。お父様にまた殴られる。怒られる。しかもフムの前で。
勝手に人を連れてきた事がバレたら...。
私は俯いたまま、動けなかった。
「あなたこそ、何」
フムが淡々とお父様に問いかける。
その声には少し棘があるように聞こえた。
どうしよう、フムも怒鳴られたりしたら、殴られたりしたら。嫌だ、どうしよう。
私はフムの前に飛び出し両手を広げ彼女をかばう姿勢をとった。
「ご、ごめんなさい!お父様、彼女は何も悪くないの!私は、ファゾラよ!ごめんなさい!へ、変な発明品をいじっていたら髪の色や髪が、へ、変なふうになっちゃって.....はは、こんな風に、信じられないかもしれないけれど、本当なの」
お父様の顔を恐る恐る見上げると、目を大きく見開き、私の方なんて見ていなかった。
フムをただ、ただただ呆然と見つめていた。
「君は...なんだね。ファゾラのお友達かね」
フムによろよろと近づくお父様。明らかに挙動がおかしい。
「よくわからないけど、フムは天才発明家アーサーの発明したロボット。アーサーとそこのランコは友達」
フムは、無表情で淡々とお父様に言う。
「ロボット...!?この美しい娘がロボット...!?はは..嘘だろう?何だよ..それ、天才発明家アーサーというのは、あのパーティで囲まれていたガキの事か?あのガキがこの娘を作ったとでもいうのか?」
「ガキ?何..こいつガキって、どういうこと」
フムは、静かに、だが大きな怒りを込め私の前に立つ。
「信じられない...素晴らしい...素晴らしい発明だ...あり得ない。欲しい...欲しい、これなら妻を生き返らせる事ができる..ちゃんとした人間を作る事ができる!!あは..あはは!!あははは!!!」
お父様は狂ったように笑い始めたかと思うと、突然フムに掴みかかろうとした。
「やめて!!」
私は体が勝手に動き、お父様に全力で体当たりした。
「逃げて!!フム!!!」
私は、素早く体制を立て直し、扉を開けてフムを追い出し、鍵をかけた。
「ちょっと!!ランコ!!開けてよ!!」
フムは、ドンドンと扉を叩く。
「帰って!!早く!!早く逃げて!!さもないと、本当にアーサーと離れ離れになるわよ!!」
お父様は恐らくお母様を生き返らせる研究からお母様を「造る」研究にしたんだわ。
だからフムのあの美しい人間のような姿を見て利用しようと....。
「ふぁぞらぁ.....」
振り向くと顔を真っ赤にしたお父様がこっちを睨みつけていた。
そうだ、よく考えたら私、お父様に反抗したの、ましてやお父様に暴力したのなんて...初めて、だわ。
バシッ!!鈍い音が広い部屋に響き渡った。
目が覚めると、身体中の痛みで動けなかった。
「あれ...私...何をして..」
そうだ...今日は家にフムがきて...えっと...えっと。
目だけ動かして時計を黙認する。
今は....夕方の5時?嘘...二時間以上も倒れていたの?
視界がぼやけたりはっきりしたりを繰り返す中、私の顔を覗き込む人が一人。
「お姉様.....」
「また殴られたのか?あの男に」
「そんな事は..どうでもいいの。お父様があれからどうしたか、知らない?」
「え...あれから?えっと...ボクが帰宅した時お父様が心底嬉しそうに素晴らしい実験道具が見つかった!あれは私のものだガキに持たせるには勿体ない...って」
お姉様は思い出すように視線を空に流す。
全身が凍りついたように動かなかった。
「今から出かけてくるって言ってさっき出かけて言ったわ」
なんてことを...私はなんて事を....。
私さえいなければ。
私なんかがいなければ....私が、私さえいなければ....お父様の事だ。きっとアーサーの家まではわからないだろう。
瞳に力を込めふらふらと立ち上がる。
「ちょっと...まだ寝ていた方がいいのではないか?」
もうアーサーやフムとは会えないけれど、私と彼らの関係を断てばお父様が彼らに手を出すことはないわ。
でも...もしお父様がもう彼らにたどり着いていたら────?
顔面から血の気が引くのを感じた。
もし、場所が割れていたとしても今からあの実験室を捨てて逃げればなんとかなる!
急いで彼に電話しなくちゃ。
よろよろと立ち上がり屋根裏部屋に上がると部屋が荒らされていた。
彼とフムの家の手がかりをお父様達が血眼になって探したのでしょうね。でも私は彼がこれで連絡ができるとくれた宝物の通信機械は、私の部屋の宝物入れの金庫に厳重に保管してあるのよ。
よく連絡がつかないんだけどって言われて、保管庫に入れてるという話をしたら
「意味がないから持ち歩いておいてよ!」と言われたけれど私はドジだしもし無くしたりしたら怖いからいつも大事なものはそこに入れている。
「...アーサー!アーサー!アーサー!!ごめん...ごめんなさい...私、もうあなたとは会えない...ごめんなさい」
彼に早くそこから逃げるように言わないと!早く!早く!混乱して言葉がうまく出てこない。
「どうしたんだ!?ランコ!?突然」
アーサーの声を聞いてとても安心した。
「今日...アーサーのところのフムさんがきて...それで...あ!?」
突然通信がブチリと切れてしまった。
振り返ると、扉の付近に無表情で私を見下ろすお兄様の姿があった。
「なんか騒々しいからこの辺の通信機器の諸々をいじって今繋がらなくした。静かにしてて」
お兄様は、黒いフードを下げ顔を隠すようにしてトントン、と自分の部屋へと戻って行った。
終わった...もう彼らと連絡もとれなくなってしまった....。
止めどなく涙が溢れてくる。
私が...私のせいで。
私が彼らと関係を持たなければ。
「マスターを頼んだ」
その言葉が頭に蘇る。
私は涙を手で拭い部屋を飛び出した。
アーサー....フム...無事でいて...。
私がバスを乗り継ぎ、彼の家にたどり着いた時には荒らされた部屋に彼が倒れていた。
目を閉じ動かない彼。首を触ると温もりを感じるので生きていることだけはわかって安堵する。
同時にフムがいないのを見てお父様達がフムを連れ去ったことを理解する。
二人とも....お父様に乱暴されたのかしら。アーサーはあまり外傷がないみたいだけれど変な薬を飲まされたのかしら。私はお父様に乱暴された日々を思い出し涙を流した。
優しくて暖かい彼を....こんな...こんな。
あぁ、私は、本当にダメな奴だ。
そんな彼を、あんな目に合わせてしまった。
私が彼と出会わなければ。
私が彼と関係を持たなければ。
よかった────。
「嫌だ....嫌だよ...嫌だよごめんなさい...私なんかが友達になってごめんなさい...でも私...二人と関係を持たなければよかった、なんて、思えなくて...大好きなの。不器用でも私を頼ってくれたフムちゃんも、私に生きる希望を楽しさを、明るさを与えてくれたアーサーも....」
アーサーの手を握り、私は決意する。
「二人を絶対に助けるから!!!」
次はアーサー視点に戻りますが、イアンビリー家の兄と姉のキャラも濃いのでその二人視点の物語もいつかお見せできるといいなと思います