フムの願い
ランコ編続きです。
「ふふ、ふふふふふへ...」
なんて幸せな時間だったのだろう。
帰宅し、いつものように屋根裏に布団をしいて寝そべりながら私はだらしなくにやけた顔を抑えることができなかった。
あのパーティが終わるまで、私とアーサーはとても仲良くなることが...仲良く..できたのかな?いや、きっとできたわ。
だって彼、私に
「明日僕の家に来なよ!発明品見せてあげるよ」
って言ってくれたんだもの!
すすけた天井を見上げた私の脳裏にはまだ彼の笑顔が輝いていた。
でも私は一つだけ、胸にモヤモヤを抱えていた。
私は彼に隠していることがある。
私は彼の友達の「ランコ」ではなく天才発明一家イアンビリー家の「ファゾラ」だということを。
パーティから帰ると、徐々に私の体は元のファゾラへと戻っていった。
濃く青色の髪、頭から耳にかけて曲線を描くように内巻きになったショートヘアの髪。イアンビリー家の人間特有の紫色の瞳。
前髪はもともと自分の顔を見たくない為人より少し長い方。
お姉様と違い背が低い為にぶかぶかの変装用白衣を脱ぎ白いネグリジェに着替え、眼鏡もいつもの細いレンズの黒縁眼鏡に変える。
「明日が楽しみ...私、明日が楽しみになる日が来るなんて思いもしなかった」
おやすみなさい。
誰にともなく呟いてみる。
明日が楽しみで眠れないかもしれない、なんて思いながら気がついていたら朝になっていた。
私は急いで変装をし、地図を握りしめ彼の家へと向かうのだった。
誰かのお家に遊びに行くなんて事、私の人生の中であるとは思えなかった。
彼が「天才発明家」だということは彼の家を見て分かった。
まず、彼の発明した「フム」という女型ロボット。私の語彙力では言い表せないくらいすごいロボットだった。
喋るし、動くし、なにより美しかった。
私は絵本の世界にいるんじゃないかと思うくらいに、現実離れしている物を見ているようで。
ただ、マネキンのように綺麗だったので彼はこんなに綺麗で物静かな女性がタイプなのかな、と悲しくもなった。
彼の家の地下には彼の今まで生み出した天才的な発明品がずらりと並んでいた。
一つ一つ説明しながらどういう発明品なのか説明もしてくれた。
その時間が一番楽しかったし、一番幸せだったかもしれない。
ファゾラの時と違って「ランコ」の時だと少しだけ彼に積極的に接する事ができた。
気持ち悪かったかな。でも、私は彼ともっと仲良くなりたくて、話したくて、一緒にいたくてたまらなくて、なんだかそれがランコだと素直に口に出てしまうし感情もすぐ表に出してしまう。
本当に彼は楽しそうに発明品を紹介してくれた。
私も本当に、楽しかった。
彼は発明が大好きなのだろうな。
***
あぁ、私は、本当にダメな奴だ。
そんな彼を、あんな目に合わせてしまった。
私が彼と出会わなければ。
私が彼と関係を持たなければよかった────。
***
彼は帰り際に「明日はランコの発明品を見せてよ」と言ってくれた。
私みたいなやつの発明品を見せても面白くないと思うけれど、でも彼と明日も過ごせるのなら、私はなんでも構わなかっ...どうしよう。
どうしよう。私、今「ランコ」だ.....。
家だとファゾラでいないといけないし、どうしたら...屋根裏部屋をなんとか片付けて発明品を見てもらおうとしていたけれど、そういうわけにもいかなくなってしまった。
そもそもこのイアンビリー家に「ランコ」なんて、こんなワカメ髪もしゃもしゃの変な女がいたらお父様になんて言われるか!
鏡を見る、丸眼鏡もしゃもしゃ髪のランコと、今のファゾラの私はどう見てもランコじゃない。
「どうしよう...」
私は腕を組み部屋をウロウロし考えた。考えました。考えます。
明日、お姉様は確か発明家同士の集まりにいくって言っていたし、お兄様はいつもお部屋に閉じこもって発明ばかりしているから大丈夫。問題はお父様。
よく白衣にサングラスのお客さんを連れていらっしゃるし、その際にもし鉢合わせしたりしたら.....。いや、でもお父様のお客様が来るのは夕方から夜遅くにかけて。
午前中に、もしくは夕方までにアーサーに帰ってもらえば...よ、よし、問題なし。
これで何も予想外なことが起きなければ、明日はランコのまま、私の家に招待できるわ。
明日の為に今日は寝ずに準備をしなくちゃ。
「何も...予想外な事が...」
次の日私は来客を見て頭を抱えた。
なんで!?なんで...なんでここに...あの、アーサーの発明した「フム」が来ているの!?代わりにアーサーが見当たらない。
「こんにちは」
フムは、無表情で私に挨拶をした。
本当によくできたロボットだわ。流石アーサーの発明したロボットね。
って、感心している場合じゃない!
「いらっしゃいフム...ちゃん、え、えっと、アーサー...は?」
「マスターは、来ないよ。もしゃもしゃメガネ女」
ピキィ、と空気が凍った。
え?今...彼女は、綺麗な顔で、綺麗な声でなんて言いました?
私...聞き間違い?そう...よね、聞き間違いよね。
「ど...どうしてかな?」
「私があなたに話したいことがあるから二人きりにしてもらったの」
「話したい事?」
なんだろう..私なんかに話すこと、って。
本当に心当たりがないわ....。
「でも本当はちょっとだけマスターとあなたを二人きりにしたくなかったのもある」
無表情で、目線だけで私を見上げる。
私は背が低いほうだけど彼女の方が私より少しだけ背が低い。
「え?なんで?」
「...中で話す。誰かに聞かれたくない。貴方の生活している屋根裏ででも話を聞くわ」
なんで、彼女...。
「私が屋根裏で住んでるってわかったの?」
「私は天才発明家アーサーの発明したロボットよ。この家を見たら家の中身くらいわかる」
「す、すごい!すごい!」
「あなた、マスターを屋根裏部屋でもてなすつもりだったの?」
「えっと、だから昨日準備や掃除を...」
「成る程、だからあなた寝ていないのね」
「え!?なんで寝てないって...」
続きをフムの人差し指に塞がれた。
「私は天才発明家アーサーの発明したロボットよ。貴方の顔をみたら昨日寝てない事くらいわかるわ」
彼女は、無表情だけれど心底誇らしげに言うのだった。
屋根裏に彼女を招待し、座布団を用意しお茶を淹れる。
お姉様がいつも飲んでいる紅茶の茶葉を少しだけ拝借してしまった。
だって、アーサーが来るんだもの。
でも、アーサーの代わりに来たフムが私の目の前で紅茶を飲んでいる...。
フムは紅茶を飲む姿も美しかった。
...いや、その前にロボットって紅茶飲むのね。
一口飲んだ彼女は、「んべ」と舌を出した。
「これ、あなたが淹れたの?」
「あ....はい」
「不味い」
はっきりと彼女は言い放つ。
「こんなものをマスターに飲ませていたと思うと私は初めてここに来て良かったと思ったくらい。紅茶の茶葉はいいけど..淹れ方で全てを台無しにして茶葉が勿体無い」
ぐいっと全てを飲み干し彼女は無表情のままマシンガンのように言い放つ。
「ご...ごめんなさい」
紅茶を淹れたのは初めてで、どう淹れたらいいかわからなくて、深夜にお姉様の書斎に行って紅茶の淹れ方を調べたりして...でも私なんかが淹れた紅茶は、美味しくなかったのね。私が淹れたからかもしれない。勿体無い。
私はダメな子だわ。
紅茶もまともに淹れられないなんて...。
俯いて正座をしている膝に置かれた拳を握りしめた。
「謝ったらだめ。ごめんなさいの代わりにありがとうって言うこと」
フムは、アーサーが言っていた言葉を口にした。
「それ、アーサーの」
「そう、マスターが教えてくれた事。今日私が話したいのはマスターの話」
アーサーの...話?なんだろう。
ま、まさか私が紅茶も淹れられないからアーサーとは縁を切れって事だったらどうしよう。どうしよう。そうだったら。
「そうじゃない。むしろ逆」
フムは、真っ直ぐ私を向いて言った。
「私の代わりに、マスターを幸せにしてあげて。貴方しか、いないの」
次でランコ編が完結すると思います。