マーチスとフィーネ
初めて二話更新しました。
主人公の両親(?)のお話です
「可愛い。可愛いわ。マーチス...髪色は貴方と同じ。ふふ、貴方に似てとても格好いいわね。将来が楽しみだわ」
青く澄んだ美しい髪を揺らしにっこりと微笑んだフィーネ・イアンビリー視線の先には温かな微笑みを自分に向ける愛する夫。
マーチス・イアンビリーがいた。
二人は結婚し、今日新たな命を授かった。
「フィーネに似て綺麗な瞳をしているよ。名前は子供ができた時に決めていた」
「アルトね」
「アルトだね」
二人は幸せそうに微笑んだ。
「女の子だったらソプラノ、男の子だったらアルト、だものね」
「はは、歌が大好きな君がつけた素敵な名前だ」
「えぇ、私は発明や、開発なんかより歌の方が好きだわ。形はないけれど人の心に残るもの」
切ない表情で視線を窓の外に向けるフィーネの手を温かく大きな手なマーチスの手が包みこんだ。
「あぁ、私も君の歌が大好きだ。私の心を優しく包んでくれているようで、イアンビリー家は代々受け継がれた発明一家。君はその家の一人娘だ。発明家の類稀なる才能を持っている。だが才能があるから発明家にならなくてはならないわけではない。発明の天才だから発明をしなくてはならないわけじゃない。君の人生は君が決めればいい。一緒に、逃げよう」
***
フィーネ・イアンビリーは、天才発明一家のイアンビリー家の長女にして一人娘だった。
そんな彼女と、マーチスは発明家のパーティで出会う。
マーチスもイアンビリー家程ではないが発明一家の中では名家の生まれだった。
常に天才発明一家の一人娘として人に囲まれている彼女には、金目当てや、家柄目当ての男が言い寄ることもある。
マーチスとフィーネが話すようになったのはパーティでしつこく求婚を迫る男から彼女を守ったのがきっかけだった。
「大丈夫ですか?」
マーチスは、強く彼女の腕を掴んで求婚を迫っていた男を追っ払いフィーネに近寄る。
「え、えぇ」
倒れ込んだ妖精のような緑のドレスに身を包んだ彼女に手を差し伸べると、その手をとったフィーネはスッと立ち上がり顔を上げる。
美しい。彼女に表情はないが、無表情でもありのままの美しさがあった。
マーチスは女性と話す事が社交的な兄と違いなかった為、どうして自分でも自然に女性に手を差し伸べることができたのか疑問が浮かんだが、そんな疑問を消し去るくらいに彼女は美しかった。
「....貴方は、発明家の生まれですか?」
唐突にフィーネに話しかけられ、マーチスはびくりと肩を弾ませる。
「あ、はい...え....っと、ここは発明家の集まるパーティですし...えっと」
いつもは兄が出席する発明家のパーティに、たまたま今日マーチスが出席する事になった理由は一つ。
兄が連日のパーティで食べ過ぎで体調を崩したからだ。
両親は海外を飛び回っているし、パーティに出席する事は発明一家の"仕事"でもあるらしく、マーチス・ヒルトは、ヒルト家の代表としてパーティに出席しなくてはならなくなってしまった。
だが、もし今日兄が出席していたらこんな風に彼女と話す事はなかったであろう。
マーチスは、たった一言、美しい彼女と会話をしただけで満ちた気持ちになっていた。
「見て」
彼女は、自分の両手を開いてマーチスに見せた。
その手はまめだらけで、赤く痛々しかった。
彼女の美しさで手をとった時こんなに手にまめがあるなんて全然気がつかなかった。
「....貴方の手。全然まめがなかった。発明家は普通工具とか持つ事多いからまめができるものではないかしら」
そういうものなのか。と納得したマーチスだったが、流石にここまでにはならないだろう。
彼女はこんなに痛々しい手をして、発明が余程好きなのだろうな。マーチスは恥ずかしそうに頭をかいた。
「.....あぁ、いやその。私は...発明とかは苦手で....そういうのは私より得意な兄が。私は発明家の落ちこぼれなんですよはは、今日のパーティも体調を崩した兄の代わりに来たんです」
「.....そうですか。助けて下さりありがとうございました。それでは」
「あ....あの!」
くるりと後ろを向いた彼女をルーカスは思わず呼び止めた。
「何でしょう」
相変わらず無表情だが、美しい彼女。
手がまめだらけできっと毎日沢山発明をしているのだろう。
発明をせず落ちこぼれと後ろ指を指され、家族からも迫害を受け全てを諦めたルーカスはすっかり自信をなくし、家で好きな音楽を聞いたり、ピアノを弾いたりそれをパソコンで編曲してみたり。
発明のできない彼は発明一家では落ちこぼれのレッテルを貼られるには十分だった。
パソコンをやっているうちにデータ処理やソフト開発などプログラミング分野には強く、その面だけでは、両親にも「お前はそれがなかったらヒルト家には置いていない」と言われるくらいに助けられていた。
ヒルト家は発明家の兄とロボットのプログラムや、故障した発明品のデータを修復に長けている弟で急激に発明一家の中で成長していたのだった。
彼女はくるりと後ろを向いて去って行ってしまった。
その時、マーチスは思った。
自分は発明一家にいながら発明のできない落ちこぼれだが、もし自分が発明ができて自信のある男だったら、彼女ともっと対等に話す事ができたのだろうか。
また彼女に会いたい。
もっと彼女に近づきたい。
一目惚れだった。
彼は、毎日毎日地下で少しでも何か思いついたら紙に書き発明を繰り返す。
過去にもそうやって発明し続けた事はあった。だが、失敗の連続で心が折れてしまったのだ。
だが今彼を支えていたのは、美しい青い髪の彼女の存在。
自分は、誰かの為ならこんなに力を出せるのか、とマーチスは自然と笑みを浮かべながら発明を続けていた。
「できたぞ!」
マーチスは自身が初めて成功したといえる発明品を高く掲げ満遍の笑みを浮かべた。
彼は最初は発明が上手くなるように、そんな気持ちでやっていたが、次第に彼女に発明品を見てもらいたい。彼女に何かプレゼントは作れないだろうか。
彼女のことを考えすぎて彼女の為に発明までしていたのだ。
次のパーティの日を楽しみに彼はぐっすり寝た。
その寝顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
パーティには当然具合の良くなった兄が出るのだが、彼女へのプレゼントを作ったマーチスは、密かに自分も参加した。
人が多いので兄の近くまで行かなければ...なんて考えて参加したパーティだったが、
「彼女がいない!?」
マーチスは頭を抱えて座り込んだ。
そうだ、自分は彼女への思いを猪突猛進していったわけだが、彼女がまたパーティに来るとは限らないじゃないか!
名前もわからないし....。
がっくりと肩を落とし、帰ろうと扉を振り返る。
彼女がいないならこんな所意味がない。
トボトボと大きな会場の玄関から出ると、
「♪♪♪」
ざわざわしている会場を背に、外ではなんだか美しい歌声が聞こえて来る。
なんだ、自分はショックすぎて幻聴まで聞こえるようになったのか。
マーチスは、なんだか自然と歌の聞こえる方へ足を運んでいた。
会場の玄関を囲むように薔薇の咲いている茂みがあり、そこを隔てた向こう側から歌声が聞こえる。
「綺麗な歌ですね」
なんて誰かわからない歌声の主に言いながら茂みをかき分け声の主を見てマーチスは目を見開いた。
青い髪の彼女、その人だったからだ。
「あぁ.....!」
衝撃的な事にマーチスは大きな声を上げて目を見開く。
会えないと思っていた彼女に会えたのだ。
一方桃色のドレスの彼女は、歌うのをやめ相変わらずの無表情でマーチスを見つめていた。
「貴方は...!えっと、私を、私を、覚えていますか?」
マーチスは彼女に駆け寄り自分を指差し必死に話しかける。
「........貴方。前に私を助けてくれた」
「そうです....えっと、マーチスです!マーチス・ヒルト」
「...そうですか。私に何かご用ですか。もしかして助けたお礼をしろと?」
「お礼をしたいのはこっちです!よかった!再会することができて...」
自分でもどうしてこんなに積極的なのかわからなかったが、マーチスは活動復帰したアイドルに会えたファンのように彼女の手を泣きそうになりながら手を握った。
「....手」
彼女は、そんなマーチスの手を冷静にとり、じっと見つめた。
「そうだ!私、貴方にプレゼントを、と思ったんです」
なんだか少し冷静になってみたら自分の行動が気恥ずかしく紛らわすようにマーチスは大きな声で話しごそごそとカバンの中を探る。
「....プレゼント?」
「そうです!これです」
赤い包装紙と白いリボンで包まれたプレゼントを彼女に渡すと、彼女は無表情で突き返した。
「ごめんなさい。私、ジュエリーとか興味がないの。第1物で心が動いたりは」
「....違います!私が発明したんです」
手を開いてほら、と箱を指し示すと、彼女は少し目を見開いて黙ってリボンを解いた。
中身は琥珀色の装飾がされた美しい白い箱だった。
「何ですか」
「開けてみてください」
少し興奮気味に早口で彼女に箱を開けるように促すと彼女は、黙って箱を開けた。
箱を開けると、美しいピアノのメロディが流れてきた。
「これ....」
ゆっくり彼女は視線をマーチスに向けた。
「オルゴールです。えっと、私は発明に関しては全く、その、ダメでしたが、私は音楽が好きだったので...自分でピアノを弾いてパソコンに取り込んで、そこで編曲をし、それを取り込める器を開発して、オルゴールを...作りました」
マーチスは、自分で説明した後大きく目を見開いた。
そして顔を覆った。
自分は心底気持ち悪いと。
後悔した。
一回しか話したことのない女性に一目惚れしたとはいえ自身の作った拙いピアノのオルゴールを発明してプレゼントするだろうか。
ストーカーか、もしくは変質者と言われないだろうか。
自分はなんて気持ち悪いのだろうか。
夢中になっていたとはいえ、自分は....。
「ありがとう」
その声で顔を上げると、彼女は優しく微笑んでいた。
初めて表情らしい表情を浮かべる彼女をみて心臓が飛び跳ねる。
「手....まめだらけ。これを作るのに沢山頑張ったのですね」
彼女は、マーチスの手をとった。
「私の為なんかに。ありがとう。このまめだらけの努力した手....私は好きです」
「あ....っと、あり、ありがとうございます。えっと.....その、私は....」
マーチスは、好きですと言われ頭が沸騰し、顔を真っ赤にしながら
「私は貴方が好きです。結婚して欲しいくらいに恋をしています」
と思った事を口に出してしまった。
気がついた時にはもう遅かった。
「......」
彼女は、無表情にこちらを見ていた。
やっちまった。マーチスは、今なら死んでもいいと思った。
隕石がここに落ちてきてくれないかな。そんな事も考えていた。
「そうですか」
彼女は、無表情で言った後みるみる顔が桃色に染まっていく。
そして両手で顔を挟んで固まってしまった。
「えっと....ご、ごめんなさい。き、気持ち悪いですよね」
慌てて弁解を試みるが頭が沸騰して何も考えられない。
「い....いえ、その、えっと」
彼女は、目を泳がせた後、決心したようにマーチスをじっと見つめた。
「私は貴方の事をまだよく知りませんから、その、結婚とかは、ちょっと...」
「で、でですよねー!ですよね!ごめんなさい!わ、私帰ります!そのオルゴールも捨てちゃって...下さい」
死にたい。
マーチスは、恥ずかしくてそう思った。
穴があったら入りたいとかそういうレベルをとうに越していた。
「いえ、捨てません。それに、結婚しないとは言ってません。というか、いえ、そのえっと....つまり」
伏せ目がちに俯いた彼女は、頬を染めマーチスをまっすぐ見据えて言った。
「私の事を好きと言い寄ってくる男の人は沢山いました。結婚してくれと。宝石やアクセサリー、お金を渡してくる人ばかり。私の事を考えてくれる人なんて、私を見てくれる人なんていませんでした。イアンビリー家の娘だからと仕方ないと生きていました」
マーチスからもらったオルゴールを抱きしめ、美しい彼女は続けた。
「でも、貴方はこんな素敵な物をくれました。こんなにまめをつくって、頑張ってくれたのですね。私は、初めて他人から"気持ち"
をもらって...その、嬉しかったです」
彼女は、まっすぐマーチスに自身の手を差し出した。
「私はフィーネ・イアンビリー。結婚はまだお互いを知りませんのでこれからお互いの事を知るという事でお友達から始めましょう」
マーチスは、自然と目から暖かいものがとめどなく流れた。
止まらなかった。
好きな人にプレゼントを渡してそれに対して相手が嬉しかったと言ってくれた。
人生で一番嬉しかった。
落ちこぼれで生きている価値がないとまで言われていた自分の作ったもので大好きな人が喜んでくれたことにマーチスは言い表せない喜びを感じた。
「こちらこそ....こちらこそ..おねっお願いします」
マーチスは、両手で彼女の手をとった。
二人はまめだらけの手を取り合い、笑いあった。
***
「私達は、発明より歌を歌ったり歌を聴いたりする方がお互い好きだったからね。発明の話よりそういう話をしていたよ。本当に気があって大好きだった」
「....成る程」
そんな話を聞くと余計にフィーネさん...僕のお母さんかもしれない人が浮気をして兄のルーカス・イアンビリーと結婚してランコ達を産んだとは考えられない。
どういう事だ?
そこだけは本当にわからない。
「あぁ、そんな彼女を私の兄。おぞましい私の兄のルーカスは、彼女を.....フィーネを殺したんだ!」
本日も読んでくださりありがとうございます。
恋愛の話を書くのは好きです
何故か最後には悲恋を書いてますが




