恋愛感情
フムの続きです
「またな、ランコ」
「ありがとう..素敵なものを見させてもらったわ」
ランコはらんらんと目を輝かせるんるんと帰って行った。
僕は相変わらずフムのあの表情を思い出しては、不安が渦巻いていたがランコが無邪気に楽しそうに話しかけてくるので僕はあまり思い出さずに過ごす事ができた。
その夜、フムが熱心にTVで何かを見ていたのだけれど、それが恋愛ドラマだったので僕は目を見開いてえぇ!?と声を上げてしまった。
「おまっフム!?恋愛ドラマなんて見てるのか?」
「マスター、れんあいかんじょうとは、どういうものなのでしょうか」
フムは僕を振り返り問いかける。
「れんあい、かんじょう」
僕も正直よくわからない。
両親は物心ついたときに死んで、発明家の祖父に引き取られ、小さい頃から発明ばかりしていたから、恋とか愛とか全く縁がなかった。いつも家に引きこもっていたから人との関わりはおろか、女の子との関わりさえ一切なかった。
そんな僕が、恋愛?
あり得ない。
「相手の事を心から大事に思って、相手の為に何かしたいと思う事じゃないか?」
だが僕は見栄を張った。
僕はフムのマスターだ。
だから常に教える側に、マスターとして、わからないとか、よく知らない、とかは言いたくなかった。フムにな常に尊敬するマスターとして僕を見てほしいのだ。
「そうなんですか...すごいです。マスター。マスターはなんでもご存知なのですね」
いつもの無表情だが、ふむふむと大きく頷き感心するフムに、僕はつい調子に乗った。
乗ってしまった。
「マスターは、れんあい、というものをしたことはありますか?」
「あぁ、あるよ。もちろんさ」
「そうですか。マスターは誰に、恋愛感情を抱いたのですか?フムの知っている方ですか?」
「いや、えーっと、その....あ、あぁ、ランコだよ。ランコ、僕はランコが好きなんだ」
僕はつい口からでまかせを言ってしまった。
本当は、ランコのことはただの発明仲間としか思っていないが、恋愛感情をフムに教えた手前、恋をしたことがあるという事実がないと、嘘つきになってしまうんじゃないかと僕は恐れ、ランコが好きだと嘘をついてしまった。
「ランコさんは、マスターの事が好きですか?」
「え、え!?あ...いや、そうだよ。」
フムは相変わらずテレビを見たままこっちを向かない。
嘘を重ねてしまった。
僕は今まで見栄を張り知らない事もフムに聞かれたら知っていると嘘をついたりしてきたが、この嘘達は胸にグリグリと罪悪感がねじ込まれる。
でも、恋愛感情を知っていると言ったくせに恋愛もしたことがないなんて知られたら、それも二重で嘘をついた事になる。
更にランコも僕の事が好きだ、なんて。
テレビを見ていたフムが、ゆっくりと、振り返った。
目は、僕を向いていなかった。
美しかった緋色の瞳は、瞳孔が開かれ濁ったビー玉のようで、こんな表情のフムは初めてだ。
「.....フム?」
フムは、無言でテレビを消しすくっと立ち上がると何も言わずに部屋に戻った。
どうしたんだフムは。
僕は訳が分からなずその場に立ち尽くしていた。
次の日、朝目を覚ますと目の前にフムの顔があった。
「マスターおはようございます」
「うわっ!!!なんだよ!?」
驚き飛び上がると、フムは無表情で言う
「朝ごはんができましたよ」
いつものピンクのエプロンをつけて、僕の手を引いてキッチンに連れていくフム。
なんだ、どうした。いつもはこんな起こし方じゃないだろ。こんな強引じゃなかったじゃないか。
朝ごはんもなんか妙に豪華だし、朝ごはんを食べていると、フムがじーっとこっちを見ていらのでどうしても気になって箸が進まない。
「な、なんだよ、フム」
「マスターは好きな食べ物はありますか?」
「え?好きな食べ物?え、えーっとし、しいていうならハンバーグ、かな」
「好きな飲み物は?」
「オレンジジュース」
「では好きな色は?好きな野菜は?好きな果物は?好きなネジのかたちは?好きな天気は?好きな季節は?好きなものは?」
「おいおい!なんだよ突然!どうしたんだよ!ロケットパンチみたいに話が飛んでくるんだけど!?」
向かい側の席に座っているフムは真顔でこちらに乗り出し質問責めをし始めた。
こんな事前まではなかったのに。
「.....少しずつ教えてください」
「どうしたんだ?フム」
「必要な事なんです」
俯いて、ストンと席に座る。
「どうしたんだ?話してみろ」
フムは俯いて、ゆっくり顔を上げる。
「恋愛感情」
フムは、恥ずかしそうに顔を赤らめ、愛おしそうに僕をみた。
「嘘だろ」
「恋愛感情、です。マスター。昨日の夜考えてフムは理解しました。私はマスターに恋愛感情を抱いています」
頰に恥ずかしそうに手を当て僕を見据える彼女を僕はロボットだとは思えなかった。
マスター、マスター、ますたぁ。
今日は一日中僕にべったりだったフム。
こんな事前はなかったのに、どうしたんだ。
「フム、明日はランコの家に行くことになったから」
「.........」
フムは、真顔でこちらを見据える。
「な、なんだよ」
「マスター、私はマスターに恋愛感情を抱いています。マスターの事を一番に想い、マスターの為に何かしたい何でもしたいと思っています」
「あ、あぁ、ありがとうな?」
「ですから明日はランコさんの家にフムが向かおうと思います」
「何で!?」
「マスターの為です」
「どういう事だ?」
「安心してくださいマスター。全てはマスターの為、ランコさんと私はオトモダチになりたいんです」
「お友達ねぇ...」
前にフムがランコを見ていたあの恐ろしい表情がちらつく。
「僕もついて行くよ」
「いえ、女同士のツモルハナシというものがありまして。それに、フムも前から女の子のオトモダチというものが欲しかったのです」
本当に言ってるのか本当じゃないのかわからない。
だが...ここまでいってるし昔からフムは融通が利かないのからなぁ。一回言ったことは絶対捻じ曲げないし。
「わ、わかったよ」
「はい、マスター」
フムは少し微笑んだ。
フムが少しずつ表情を露わにしている...いい事なのだろうか...?
僕は胸の中にある黒くて気持ち悪くてもやもやした不安が拭えなかった。
何だかとても、嫌な予感がする。