高山(こうざん)
今日もいつもと同じ日だ。
午前中は前世でも聞いたことのない数学の公式の証明や聞いたことのない自然現象の原理についての授業を行った。
前世でのレベルを遙かに凌駕するレベル。
担任のディクシア先生の知識が半端ないのだ。
あまりにもハイレベルの授業に僕はやっとのことについて行っていた。。
同級生のリャカヤはもう完全にお手上げ状態。
恐らく授業後、僕がフォローしなければならないだろう。
僕もそうすることで授業が反復できる。
それにしても今日は担任の様子がおかしい。
朝からずっとにやついているのだ。
時々思い出し笑いもしている。
とにかく楽しそうなのだ。
そして、その理由が午後になって明らかになった。
僕らの昼休みはそれぞれ自分の思うままに過ごす。
何しろ僕らは食事をしない。
する必要がないのだ。
その分、前世よりも昼休みが長く感じる。
担任曰くこの学校の授業形態も人間のそれと準拠しているという。
本来精霊というものは休み時間はいらない。
ただ、僕らは前世(人間)の記憶が残っている。
出来るだけストレスのかからないように人間の学校と同じように時間が進むようにしてあるのだそうだ。
だから、昼休みが長いのだ。
昼休みが終わり、担任がにこにこしながら教室に入ってきた。
そして担任は開口一番
「かねてから言っていた野外実習をします。」
と言ってきた。
僕らは何のことか分からずポカンとしていると反応の薄さからか担任が慌てて
「人間が決して行くことの出来ない場所をリストアップするって言っていたじゃない。忘れたの。」
と言ってきた。
その表情はあきれているようだった。
そのことを聞いて僕ははっきりと思い出した。
でも忘れていたのにも訳がある。
毎日のハイレベルの授業。
ついて行くのにもやっと。
何しろこの学校に入ってから覚えることが多すぎるのだ。
しかも野外実習をするという話は1ヶ月以上も前のこと。
さすがに忘れていてもおかしくはないだろう。
それにしても精霊というものは時間の感覚がおかしい。
そもそも精霊には寿命という概念がない。
その分、時間にとてもルーズなのだ。
学校にいて時間もキッチリと管理しているから気づかないが、待ち合わせ時間に一週間遅れてくるのはザラだと聞いている。
時間感覚が狂っているのだ。
だから1ヶ月以上も前のことをついさっきの出来事のように話す。
担任は一瞬がっかりとした表情になった。
しかしすぐに表情を取り戻し、野外実習の説明に入った。
「今日、行く所は標高30,000メートル山の頂上です。今日は肩慣らしと言ったところでしょうか。」
それを聞いて僕は驚いた。
前世の世界では一番高い山で標高9,000メートル弱(もちろん、登ったことはないが)、太陽系で一番高い山でも標高22,000メートル、標高30,000メートルの山なんて聞いたことがない。
僕らが驚いていると担任は
「一応、基礎知識から言うと、頂上はここより190度以上気温が低い。気圧はここの約17分の1。決して人間が踏み入れることの出来ない場所よ。でも精霊は大丈夫。私たち精霊は寒さを感じないし、呼吸もしないからどんなに空気が薄くても何も問題がないわ。ただ、心配なのはあなたたちは前世の記憶が残っているみたいでほんの少しだけど人間の感覚も残っているみたいなの。まぁ、精神的なものだけどね。その感覚を忘れるための野外実習でもあるんだけどね。」
担任の話が終わった後、僕はある疑問が出てきたので聞いてみた。
「簡単に山の頂上に行くと言っていますけど、標高30,000メートルもある山の頂上にどうやって行くのですか。」
担任は意外な回答をした。
「私たち精霊はゲートというもので場所の行き来をします。今回の場所もゲートを使って行きます。」
そう言うと担任は僕たちを学校の中にあるゲートの場所に連れて行き、僕らは一瞬で目的地に着いた。
僕らは初めてのゲートに驚いていた。
一瞬にして景色が一変するのだ。
しばらく、僕らはボーッとしていた。
はっと我に返ったときある異変に気がついた。
とにかく寒いのだ。
精霊は寒さを感じない。
寒さを感じるのは精神的なものとか言う以前に寒いのだ。
あまりに凍えていると担任が
「とにかく落ち着きなさい。そうだ、人間というものは深呼吸をすると落ち着くと言います。原理は分からないけど。とにかく息を吸って、吐いてをゆっくり繰り返して。」
そうこうしているとやっと僕らは落ち着き始めた。
そして次第に寒さも感じなくなっていた。
そのときに目に映ったのは一面白銀の世界、僕はその絶景に見惚れてしまった。
担任は
「どう、絶対人間が踏み入れることのない世界でしょう。この絶景を我々精霊は独り占めが出来るのよ。これからこういう絶景に時間の許す限り連れて行きます。」
僕は初めて精霊に生まれ変わって良かったかもと少し思った。