血
「おいおい、そいつは名前かい?」
「名前だよ、自分でつけた」
「もっとましな名前でもいいだろうにお前親が居なかったのか」ほっとけ。
「親代わりはいたが、逃げ出してきた」
「アタシは、奴隷だったんだ。」そう、アタシは昔奴隷だった、金持ちに買われて働かされる。奴隷だった。毎日飼い主の家の仕事を行い、丸一日働いてもらえる食べ物はパン一つ、それが嫌になって逃げ出した。他の奴隷を見捨てて。
「それは悪いことを聞いちまったな、すまん。それにしてもお前、よく逃げ出せたな。」男は興味深そうに、無精髭の顎を撫でながら聞いてきた。
「家に火をつけたのさ。でも他の奴隷までは逃がせなかった、皆飼い主の近くにいたから。」
「それで、今はこうしてスリをしてるってのかい?」
「そうだよ。もういいだろ助けてくれてありがとうじゃあな」アタシは何だか自分を見る興味深そうな目にまるで、自分が見せ物のような気分を覚えあまり良い気分でなくなったので、立ち去ろうとした。
「まぁ、待て。」かけられた声に睨み付けるように振り返る。
「なんだよ、まだ何か用か?話ならもうしないよ。
」
「そうじゃねぇ、お前懸賞金がついてるってことは指名手配犯なんだろう?」こいつ、金目当てか。隙を見て逃げるか。
「あんまりたいした金額じゃないと思うよ。精々一晩宿に泊まるか、安い娼婦と遊べるくらいなもんだろ。」
「金じゃねぇ、お前の方さ。どうだ?追われてるなら宿と飯を奢ってやろう」なんだよ、こいつそういう趣味かよ。
「この変態め、ナンパなら歓楽街の女にしな」
そう言うと、男は面倒くさそうに溜め息をついて言った。「そうじゃあない。ただの親切心さ」
「そういうのはここでは余計なお世話ってんだよ、下手にこの辺のやつに情をかけるなよ。痛い目見るぞ?」男はアタシが申し出を受けると思っていたのか少し驚いたような顔になり、どうしても説得したいのかこう言ってきた。
「だからさ、追われてるなら一人はお前みたいなのはすぐに居場所がバレるぞ。ここに気絶しているこいつもこの事をお前のせいにして仲間に探させるだろ。」男はコツンと警官の頭に靴の爪先を当てた。
こいつ、反撃してこないと思ったら気を失っていたのか。しかし、それを考えれば悪いことでもない夜に逃げ出せばいいだろう。行くところもあるし。
「アンタ、名前は?」男は既にアタシが行く気になってるのを見抜いたのか大通りに向かって歩き出していた。「ロウだ。よろしく」男は振り返らずに答えた。
男とは、とくにこれといった話もせずに、大通りを歩いていた。「ここだよ」男の声に反応して、顔を上げると、この街のものにしては大きなホテルがたたずんでいた。
「部屋は?」と聞いたところ、既に押さえてあったようなので部屋に向かった。このホテルの7階にある部屋らしくエレベーターを利用したのだがその中でも男は話しかけてくることもなく、目の端でアタシを捉えているだけのように見えた。
部屋は一人用にしては広くおそらくそれなりの代金を支払ったのだろう、隅々まで掃除が行き届いていた。
「ベッドはお前が使え、俺はソファで十分だ。それと俺の荷物には触らないで貰いたい、危ない物もあるからな」
「安心しなよ、金以外のものは価値がいまいちわからないから」
そうはいいつもアタシは部屋の隅に立て掛けてあるとても大きな縦長の箱を見つけた。大きな箱には、持ち手がついていて、なにやらライフル銃でも入っているのかとも思ったけれどもそれにしては大きすぎるし。いったいなんだろう。
「なぁ」
「ん?」
「あれなんだ?あの立て掛けてある箱」
「・・・ああ、あれは・・望遠鏡だ星を見るのが好きでなあちこちを回って星を見ているんだよ」
「なるほど」絶対に嘘だそれならあのような入れ物には入れないし、三脚なども見当たらない。
そんなことを考えていたら、男から服は脱がずにバスルームに来るよう言われたので言われるままに来てみれば散髪をすると言われた。アタシの髪は背中くらいまで伸びてボサボサ、確かに邪魔だから切りたいけど、この無精髭のオヤジにできるのかが心配だった。「おい、オッサン」
「おいおい、名前は教えただろう?ロウだよロ~ウ」
「いまいち信用の無い相手とは親しくはなりたかないね」
「ここまで付いてきておいてよく言うぜ」
確かにそうだよなぁ。初めてあっただけなのに何故宿と飯を奢ってくれるだけで付いて行くようなことは普通はしない、いくら貧民街に住んでたアタシでも。いや、むしろそんなところに住んでたからこそだ。「まあまあ、座れって」そう言った男はバスルームのイスにアタシを座らせると、何枚かの布やタオルをあっという間にアタシに巻き、鏡でアタシと目を会わせながら楽しそうにいつのまにか持っていたハサミを、チョキチョキと動かしていた。
「どんな髪型がいい?シャンプーもちゃんとしてやるぞ?」「オッサン、やり方わかんのかよ。まぁ短くしてくれればいいよ、変な髪型にしたらぶっ飛ばすからな?」相手に会話のペースを取られないように少しキツめに答えた。
「了解した」そう言い終えると同時に、髪に霧吹きで水をかけ始め散髪を始めた。
結果から言うと散髪の腕前はなかなかだった、髪型だけでなくホントに、シャンプーまでしてくれたので全体的にキレイになった気がする。
「はい、これでおしまい。どうだろう良くできたと思うのだけど?」
「うん、まぁいい感じなんじゃない?」これは本当だ。けっこう悪くないのではないかとも思った。
「それは良かったよ。そうそう、髪を切ったのは変装の意味もあったけどそれなら次は服でも買いに行くか、準備ができたら呼んでくれ、すぐに行こう」
「うん!・・・あっ」気分がよくなりご機嫌だったアタシはつい小さな子供のような返事をしてしまい、それに気づいて恥ずかしくなった。
「ハハハッ!いい返事だ」そう言うと男は自分の用意をしに、荷物へと向かった。
「そうだ、これもあげよう」男はさらに、キレイな髪飾りもくれた。青い羽根の形の髪飾りだった。
「なぁ、オッサンどうしてそんなに親切にしてくれるんだ?」アタシはこんなに親切にしてくれるこの男に何か思惑があると、完璧に思い始めていた。
「いやぁ、つい近所に住んでた姪を思い出して何となくね」
「あやしいなぁ」
「そんな疑うなよ、これも何かの縁だろ?」
「まぁ、アタシもここまでしてもらってるし偉そうにも言えないか。ホントに何か企んでるんじゃねぇの?」
「全く助けてやってその上かくまってやろうってのにひどいやつだなぁ」
「やり過ぎなんだよ、やり過ぎてあやしいって」
「そうかなぁ」
「そうだよ」そんな話をしていたら店についた。アタシはもう、逃げることしか考えていなかった。
「色々と助かったぜ?」アタシは男が色々な服を見ている間に、ぼそりと呟いて心の中で感謝しながら路地に走った。
ドン!「痛ッ!」路地に曲がった時何かにぶつかった。「よお、ずいぶんと見た目が変わったな」
聞き覚えのある声に顔を上げると、さっきの警官がたっていた。そして「連行だ!」その声とともに頭に衝撃が走り、アタシの意識は途切れた。
どのくらいの時間がたっただろうか、アタシは窓の外に見えた空が完璧に暗くなっていることを確認して、今は夜なのだと悟った。
「どこだ?ここ警察署でも牢屋でもねぇな」
辺りを見ても薄暗い部屋はどちらかと言えば泥棒のアジトのような感じだった。しかし、おそらく警察署にも牢屋にもましてや泥棒のアジトにも無いようなものがいくつも転がっていた。
「骨?」そう、あちらこちらに人間のものであろう骨が落ちていたのである。
「なんでこんなものが、こんなたくさん?」
「起きたな?」先程の警官が仲間らしきやつらを引き連れて部屋に入ってきた。おいおい、スリを相手に拳銃に帯刀してるなんてフル装備じゃないか。アタシは凶悪殺人犯じゃないぞ?
「お巡りさん方、そんなものまで腰にぶら下げてどうするんで?」
「ふん、どうせお前はこれが最後だ、教えてやろう。俺らはな?あるものを売りさばいてんだ」
「あるもの?人間か?」
「惜しいな、非常に惜しい正解はな?」
「内臓だよ」背筋が震えたそういうことか、この部屋の人骨の数々それは内臓を抜き取られ殺された人達の骸だ。自分の体から血の気が引くのがわかった。
「警官がそんなことしてもいいのかよ!いや、それ以前に人として最低だ!」
「おいおい、スリをやって暮らしてるやつに言われたかねぇな。大体こんな貧民街の警察の給料だってそりゃシケたもんだぜ?でなきゃこんなスリを狙って内臓売りさばいたり賄賂もらったりなんかするか」警官は当たり前のことだろう?とでも言うような顔をして言った。
「おい!時間が無いんだ!さっさと終わりにしようぜ」仲間の内の誰かが言った。「そうだな、長く持ち場を抜ける訳にもいかない、ということでスリの嬢ちゃん、さよならだ」警官達は帯刀していた剣を抜き頭の上まで振り上げたそのときだった。
「あのぉ・・すみません、うちのツレがここにいませんかぁ?」間の抜けたようなしゃべり方でいつのまにか入り口に立っていたのは、あの男だった。
「ああ良かったよ、まだお肉にはなってなかったね」一人で話をする男に剣を抜いた警官が近づいて行き、ハッと思い出したような顔になった。
「手前ぇ、昼間俺を殴り飛ばしたやつだな?」それに対して男もわざとらしく「おや!君は昼間私が殴り飛ばしてしまった警官じゃないか?元気だったかい?」といかにも思い出したかのように答えた。
「このやろう!なめてやがんのか!」まぁ、警官も当然の反応である。回りの仲間もよくわからないが敵であることは理解したようで全員で男を囲んでいる。そんなことどうでもいいよ、といった表情で男はしゃべり続けた。
「どうやらここで人間の解体ショーをして内臓を売っている輩がいると言う話は本当の事だったのか、あの情報屋さんなかなかやるなぁ」
「おい!聞こえてるのか!皆構わねぇでこいつもやっちまえ!」激怒した警官はこの場所と内臓売買の情報を知っていたこの男を仕返しついでに殺そうと命令したのだった。
男はそれすらも無視してアタシの前まで歩いてくると持っていたあの大きすぎる箱を床において話しかけてきた。「おいおい、突然消えたら心配じゃないか。ダメだぞ?勝手に何処かに行ってはそれに、―――」男の言葉はそこで途切れ、代わりにアタシが聞いたのは頭の無い首から吹き出す血の音だった。
「ざまぁみやがれ!弱い癖に、俺を馬鹿にするからこうなる」アタシは声も出せずただただ、落ちた首に目を向け、警官達の笑い声に耳を傾けていた。
「さぁ次は、お前だ、嬢ちゃん。」警官はひとしきり笑うと次の獲物であるアタシに目を向けていた。「え!?う、うわわ、うわあぁぁぁぁぁ!」叫び声が上がる、それはアタシのものではなく警官の仲間の一人だった。
ブン!バシャッ!ボトッ、ボドホドッ、バタタタッ!
風を切り音が廃墟のようなこの部屋に響き渡り、一瞬で警官の一人が解体された、落ちた警官の生首の表情は、恐怖でひきつったままだった。
「なんだよ!何が起きた!ッ!」警官もアタシよりも背後で起きた、異様な光景を目にして、驚きのあまりに声を出せなくなった。
「どういう事だ?何故動いている!?」
警官達の青ざめた顔の向ける先には、首の無い先程首を跳ねられた男、ロウの体が、立っていた。
「撃て撃て撃てぇ!」平静を失った警官達は持っていた拳銃を次々発砲した、弾丸はすべて吸い込まれるようにロウの体目掛けて飛んで行き、命中した。
しかし。「何故だ!?何故倒れない!」弾丸はすべて命中した、そのはずなのに男の体は倒れない、それどころかこちらへ一歩づつ進んでいる。よく見ると、その手には大きな刃物が握られていた。どうやらその刃物で先程警官の一人を解体したらしい。
「頭だ!頭を狙って撃てぇ!」警官は体への攻撃に効果がないと思い頭を狙って発砲した。アタシは、警官達がロウらしきものの相手をしているうちに、柱の影に身を潜めた。
「うわぁ!」「ぐえっ!」「ぎゃあ!」警官達の悲鳴が上がるたびに、人が死んでいく事を実感した。
ロウの体は手にしている大きな刃物で次々と、警官を解体していった。そして、とうとう昼間に出会った警官一人になった。
「何てこった、悪夢だこれは悪い夢だ。こんなことあるはずは無いんだ」警官は、完全に恐怖に呑まれて、先程までの強者の振る舞いはなくなっていた。
「夢じゃない」アタシは震え上がった!只でさえ、首無しの死体がうごいているだけで恐ろしいのに、その跳ねられた首から、声がするのだ。
「夢じゃないよ、俺が頬でもつねってやろうか?」
「なんだお前!この化け物め!」警官は再び拳銃を向けようとした時その手は、宙へ浮かんだ。
腕が切り飛ばされたのだ。
「ぐああぁぁぁ!」警官は痛みで絶叫した。
「痛いか?でもそれで目が覚めただろう?だけども、お前が臓器目当てで殺したやつらの方が、よっぽど痛い思いしてるぞ?」
「あ・・あぐ、ぐあ、あが・・」警官は出血と痛みで意識が朦朧としていた。
「その出血じゃあもう助からん、お前はそれだけの事をしてきたんだ、苦しんで後悔しながら死ね」
それは、あんなにアタシに優しくしてくれたロウとは思えないほど冷酷な声をしていた。
「ロウ、なのか?」アタシは恐る恐る尋ねた。
「おお!無事だったかゴメンな?もう少し早く来ようと思ったんだが、これを取りに行っててな」ロウの体が握られている刃物を指差した。
それよりも、気になることがあった。
アタシはそいつに言った。
「お前、何なんだよ何で生きてるんだよ」
散らばった四肢と血溜まりの真ん中にいる生首だけのそいつは、生きていると言うには、あまりおかしな光景だったアタシはすでに恐怖などは消え失せていた。
生首は平然として答えた。
「俺は、不死身なんだよ」
アタシにはもう何がなんだかわからなくなった。