少女鼠
薄暗い廃屋の部屋の隅で、アタシは「そいつ」に向かって呟いた。
「お、お前どうして生きてンだ?」埃っぽい部屋に生臭い血の匂い、散らばった何人分かもわからない四肢、その真ん中に転がる「そいつ」
「そいつ」は、アタシを見ていた。
ー首だけでー
息を切らして走ることがアタシの日常。
後ろから聞こえる怒号を背にアタシは今日も走った。
「ハァ、ハァ、ハァ、畜生、しくじったな」
アタシは別にスポーツマンというわけでも、運動が好きな訳でもない。そう、これは仕方なくやっているわけでこの事に何を言われてもアタシはこれしか知らないので仕方がないのだ。
「こんな、薄っぺらな財布の一つや二つ持ってようがいまいが、関係ないだろうに」
そう、もうお分かり頂けただろう。アタシはスリをして暮らしている。
確かに人の財布を奪うのは悪いことかもしれない。
しかし、この貧民街では珍しい事でもないので、回りの人が見てても「盗られた方が、悪い」、という考えのやつが多い。
アタシが狙うのは、旅行者の財布だ。旅行者はまず、この町に詳しいやつも、裏路地まで追おうとするやつはいない。金も持ってるしな。
逃げた先で早速獲物の確認をする。
「あちゃー、カードだったかこりゃやられたな。札も数枚しかないし、今回はこれで我慢か。」
「おい!!」突然路地に太い声が響いた。
「お前、さっき人の財布を盗んだな?盗んだよなぁ?」
よりにもよって、面倒なのに捕まっちまった。今日は最悪だなぁ。
「あらあら、これはお巡りさん、ご機嫌よう。」
「けっ 何を上品ぶってるんだ。この貧民め」
「まあまあ、そんなに怒らずに。とりあえず今日は少ないから2000リールで許してよ」
まぁこれは俗に言う賄賂といったもので、この地域の警官もこれでなんとかなることが多い。
しかし、今日のこいつはおかしい、雰囲気が違う?何だかそんな感じだ。いつもなら偉そうに鼻で笑って金だけ取っていくのに。
「残念だけどなぁ、嬢ちゃん今は逮捕状が出ていてそいつを追っているんだよ。」
「へぇ、そうかいそれならそっちの懸賞金のが高いから見逃してくれるのかい。優しいねぇ」
「いやいや、嬢ちゃん」警官の口角が耳に引っ張られるようにグイィと上がる。
「残念ながら今回の逮捕状が出てるのは」警棒に手が伸びる。
「嬢ちゃんなのさ!!」
寸前まで迫る警棒に反応して即座に避ける、すると振り返った警官が二回、三回と攻撃を浴びせてくる。
最新式の警棒はスタン式だと聞いた当たれば必ずや捕まるだろう、そう思った矢先落ちていた空き缶に足をとられ尻餅をついた。
「クソッタレ!ごみはごみ箱にがマナーだろうが!
そうだ!警官!」顔を上げると視界いっぱいにバチバチという電撃と金属の警棒が見えた。なんやかんやで8年ほどこの生活を続けていたが、終わりというのは呆気ないものだと思った。別に死ぬわけでもないが捕まれば賞金が出るほどの被害は出してるわけだし、それなりの罰則などもあるだろうさらに、捕まれば体にデータチップ内蔵のパーツを埋め込まれ世界のどこにいても、位置がバレバレというアタシにとって本気で終わりになってしまうことが待ってるのだ。
そんなことを思い痛み(おそらく、気絶するからあまり痛くはないだろうが)を覚悟していたとき「そいつ」は現れた。警官を殴り飛ばして。
「いやはや、いくらお巡りさんでも女の子に警棒はダメでしょ。」そいつは、白髪をオールバックにして無精髭の黒色のジャケットを着た男だった。
「大丈夫?怪我は?」
「・・無いよ、助けてくれてありがと」
「そいつは良かった、お前名前は?」
「・・・・・ね、鼠」