自由のカナリア
「……皆、怖いんだよ。お前のその力が」
告げた父親の、青白く震える唇を、私は今でも忘れない。あの日から、私は鳥かごに囚われたカナリアとなった。
壁一面に飾られた高価なシルクのカーテンに、価値も大きさも見事な絵画が部屋の主は私だと言いたげな顔をする。きらびやかに広い部屋を照らしつくすシャンデリアが、私の目をくらませ、思考を鈍らせる。
ずっとずっと、私は一人。外に出ることは、「私」という意識があるうちは叶わない。力をふるおうにも、両腕にはめられた枷が邪魔をする。
見渡す限り壁しかないこの部屋で、唯一外が見える窓が天井にある。がっちりと金色の格子をはめられているけれど、そんな事しなくたってこの状態の私に手が届くはずがない。青い空を見て、どんよりと動く雲を見て、煌々ときらめく星々を見て、うつろに、外に憧れるばかり。
ガチャリと開いた扉から、全身武装をした大柄な兵士たちが何人も入ってくる。せめてノックくらいしてくれたって良いじゃない。仮にも私は女なんだから。
「時間だ、外へ出ろ」
いやだ、行きたくない。知ってるんだから、毎回この枷を通して私の意識だけをなくして、戦場で私の「創造の力」を使ってることを。私は知らない人たちを、知らないうちにたくさん傷つけている。今日もまた、知らない人の命を獲りにいくんだ。
絶望に打ちひしがれたまま、私の意識はどこかに消え去った。
気がつけば私は自分のベッドに転がっていた。ふかふかと気持ちいいはずの上質な布団が、今は私が奪ってきた数知れないほどの命にとりつかれているようで吐き気がこみ上げる。気持ちとは裏腹に、覚えのない疲労感と満足に動かせない体も悔しくてたまらない。
涙がこぼれそうになるのを唇をかんで耐え、精一杯の力を使ってベッドから抜け出した。打ちつけた右側が痛い。
体を丸めて声にならない叫びをあげると、突然、背中を何かがかすめた。ゴロンゴロンと固いものがマットレスに転がる音の直後に、サアッと髪をなびかせる風。……風? ありえない。だってここは密室――
「なあ、アンタが例の「破壊姫」か?」
悲鳴をあげる体を何とか持ち上げ、見上げた先には何とも身なりがヘンテコな男。そんなダボダボのズボン、邪魔じゃないのか? 腕が見えているのに、上着の意味はあるのか? 頭に布なんか巻いて、怪我してるわけでもなさそうなのに。
「……その名前で呼ばないで」
「ああ、悪い悪い。アンタのその能力は、そんなツマラナイものじゃあねえよな」
言うなり、ふいと持ち上がる体。男は私を抱えたまま、上から垂れているロープにぐっと掴まった。
「何、あなた、盗賊か何かなの!?」
すると男は白い歯を惜しげもなく見せて満面の笑みを浮かべた。
「そうさ、俺たちは盗賊。盗めないモノはこの世に存在しないのさ」
頭の中で警鐘が鳴り止まない。なのになぜだろう。この人になら、ついていってもいい、そんな思いが警鐘に耳を塞いでいた。我ながら軽率。だけどこれでもう、鳥かごから解放されるのだ。
見下ろせば、既に小さくなった金色の格子。いつも見上げていたからか、なんだか名残惜しい気がしないでもない。それでも夜の冷気に震える私のこの心を止めることなど、決してできはしないのだ。
「私を、盗んでくれてありがとう」
ガシャンと外された枷を窓のふちから見送って小声でささやくと、一筋の温かい流れが頬を伝った。ぐっと袖で拭って、大きく目を見開いて近づいた空を見上げる。もう私を遮るものは何もない。何もないんだ。
心の翼をバサリと広げると、夜闇に白い羽がゆらゆらと舞い上がった。
Fin.
「鳥かご」で検索して見つけた「坑道のカナリア」という言葉から着想を得ました。ほとんど元の要素はないですが……