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ハルシュトラールの夜の果て  作者: 星乃晴香
第八章 流れ星が照らすもの
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魔物達の切望



 大きく割れた窓から、月の光が溢れるように差し込んでいる。

 それは広い部屋を、一層美しく照らしていた。

 青白く光る大理石に立ったまま、エレナはただグランディールを見つめていた。


 黒いローブの老人は、目を細めていたわるようにエレナを見た。

「アシオンの子孫に会いに行ったんだって? 心臓が止まるかと思ったぞ。お前まであの矢に射られてしまうのではないかと、とても心配したんだ」

 老人は優しい瞳のまま近づいて来る。エレナの頬に手を添えると、ゆっくりと言った。

「どこもけがはしていないか? 痛いところは私に言うんだよ」

 エレナは鋭い目で彼を睨んだ。

 たくさんの人を傷つけておいて、この男は何を言っているのだろう。

「ああ、とにかく無事でよかった。」

 老人は優しくエレナを抱きしめた。

「良かった。本当に、良かった」

 その声は嬉しそうなのに、泣きそうで、エレナは強く唇を噛んだ。

 もう、どうしていいのか分からなかった。



 広い部屋の片隅に、砂嵐が吹き荒れる。

 それは銀色に光り、踊り狂うように舞うと、静かに収まった。

 中から赤毛の少女が現れる。

「ご主人、報告があります」

 エレナを恐ろしい目で睨みながら、ラズールは声を抑えて言った。

 その声に、老人ははっとして顔をあげる。エレナを離すと、鋭い目つきになって振り返った。

「なんだ、ラズール」

 そこにはもう、優しい老人はいなかった。佇むのは、闇を背負った黒の王。

 名前を呼ばれた「(ノヴル)」は、愛おしそうにグランディールを見た。

「クリスが、仲間の一匹を殺しました」

 エレナは息を呑む。

 グランディールは、驚きと怒りで目を見開いた。

「なんだと?」

「『(ミッド)』を殺そうとした名もなき『(ノヴル)』の一匹に、クリスは魔法を当てたんです。あいつの魔力は強いですから、それだけで名もなき『(ノヴル)』は死んでしまいました。クリスは人間臭くなっちゃって、使い物になりません! それもこれも、そこの薄汚い小娘のせいだわ!」

 ラズールはエレナをぎらぎらとした瞳で睨んだ。

 何も言えないエレナの前まで飛んでくると、噛みつくように言い放つ。

「アシオンの子孫に会いに行ったんですって!? 何がご主人の孫よ! あんたにはふさわしくないわ!」

「黙らんか!」

 グランディールが恐ろしい声で言い放つ。

 ラズールは小さく震えたが、口を(つぐ)むことはなかった。

「黒の王、目を覚ましてください! その小娘は『(ノヴル)』の血を引いているとはいえ、あなたが傍に置いておくには危険です!」

 彼女は懇願するように言った。

「こんな小娘を家族にするなんてどうかしてます。代わりに、あたしを孫にしてくれませんか? ねえ、ご主人。あたしの方がずっとずっと、あなたのことを愛してますよ」

 グランディールは殺気に満ちた瞳でラズールを見た。

「お前の愛などいらん。人殺しのお前の愛など! 用事が終わったなら出て行け!」

 ラズールは息を呑んだ。穴が空きそうなほどグランディールを見つめ、大きな目を歪ませた。座り込んだ彼女は、小さな子どものようにも見えた。

「ご主人。あたし、拾ってもらえたことが嬉しかったの。だからもっと貰えると思ったの」

 闇に溶けそうな半身で、グランディールを見た。

「なんだってしてきたわ。あなたのためにたくさん人間を殺してきた。それなのに、あたしの手が穢れているっていうんですか? 苦しみのかけらもない、その小娘の方が、美しいっていうんですか」


 「ラズール」と、低い声が名を紡ぐ。赤毛の少女は歓喜に満ちた目を一心に向けた。しかし、その瞳に映ったのは、残酷な黒の王の顔だった。

「早く行け。私がお前を殺す前に」

 背筋も凍るような声に、ラズールは小さく震えた。

「あたしを……殺す?」

「ああ、そうだ。私の孫をけなすのであれば、お前も名もなき『(ノヴル)』と同じように殺してやる。闇と共に溶かしてしまうぞ! それでもいいのか!」

 その声は、幾人もを殺してきた者特有の、冷たく躊躇のない響きがあった。

 ラズールは後ずさり、信じられないというようにグランディールを見た。

「どうして……殺すくらいなら、あなたは、どうしてあたしを拾ったんですか?」

 一つ一つの言葉は、こぼれるように落ちていく。

「あたしのこと、ほんとに、なんとも思ってないの?」

 傍で見ていたエレナは、喉を鳴らした。ラズールの問いが、シルヴィアと重なる。聞いているだけで身がちぎられるようだ。


 グランディールは何も言わずに見下ろした。

 その静かな目はラズールを捕え、片手には、銀の光を宿していた。

「お前は強い魔力の持ち主だが、クリスと比べればないも同然だ。例え消えたとしても、戦力に不足はない」

 エレナはハッとして黒いローブを掴んだ。

「何をしてるの! やめて!」

 そう叫んだ瞬間、男は右手を振り上げた。

 エレナは思い切り、その腕を引っ張った。


 銀の光が放たれる。それはラズールの心臓をかすめ、腹にあたった。

 彼女は飛ばされ、床に叩きつけられる。

 大理石が砕け、彼女の体はめりこんだ。

「……っ」

 ぱらぱらとかけらが飛び散り、煙が立ち昇る。

 それでも、ラズールは息をしていた。上下に動く胸を見て、エレナは安堵のため息をつく。

 しかし、グランディールの瞳は変わらず冷たい。

「お前はいつも、きいきいとうるさかった。いずれは口を塞ぐつもりだったのだ」

 ラズールがふらつきながら起き上がる。座り込んだまま、ぼうっとグランディールを見ていた。その瞳がどんな感情に染まっていようと、グランディールには関係ないようだった。

 黒いローブから覗く皺だらけの腕が、再び持ち上げられる。

 エレナは静かに彼の横顔を見た。

 そこには憐れみなどなく、見下すような表情が浮かんでいた。

「馬鹿な奴だ。私がお前ごときを相手にするとでも思っているのか?」

 (てのひら)が銀色に光り始める。そこに躊躇(ためら)いはない。

 エレナは走り出した。

 ラズールの前に躍り出る。座り込んでいた彼女は、息を呑んだ。

 

「来ないで」

 エレナは立ちはだかったまま、目の前の男を見据える。

 男の冷たい瞳は、遠い昔に魔法使いを殺したものと同じだった。


「邪魔だ、どけ」

 黒の王は、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。エレナはまるで、嵐に襲われるような気分になった。狂った男は激情を胸に秘め、ひどく静かに近づいてくるのだ。

「どけと、言っているだろう」

 (とどろ)くような低い声。エレナは足を突っ張って立っていた。そうしなければ、今にも崩れ落ちそうだった。

「いやよ」

「邪魔をするな。私はその赤毛に始末をつけねばならん」

「冷静に、なってよ。この子はあなたとずっと一緒にいたんでしょ? どうして」

 つっかえながら見つめれば、当然のごとく王は言った。

「私がいつかは目を向けると思っている。その傲慢さ(ゆえ)だ」

 後ろから小石が散らばるような音がした。振り向けば、ラズールがこちらを見ていた。

 大きな瞳がグランディールを見つめ、悲しげに歪む。彼女はもう、理解しているのだ。

 自分が主人にとって、愛することはおろか、傍におく価値もないことを。

 それどころか、彼女は今までにないほど震えていた。肩を抱き、怯えるような目をしていたのだ。


 エレナはたまらなくなって、右手を挙げた。

 怖かった。でも、それ以上に怒りが込み上げたのだ。衝動にまかせ、男の頬に力任せに振り下ろす。

 ぱしん、と強い音が響き渡った。



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