表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルシュトラールの夜の果て  作者: 星乃晴香
第八章 流れ星が照らすもの
64/85

アシオンとグランディール



 アシオンは馬を駆った。

 色を濃くしていく闇夜の中、長い金髪をなびかせ、痛みに歯を食いしばりながら。

 彼の体中には傷が刻まれ、白馬は腹から血を流していた。

 部下達は皆やられてしまった。

 この地の人々を守ろうと、王と騎士団は大地に繰り出したのだ。

 けれど、魔物の軍勢と戦ううち、次々と命を落としていった。


 唸るような向かい風の中、アシオンは城を見据え、一心に馬を走らせる。足元には死体が転がり、荒野となったハルシュトラールを延々と埋め尽くしていた。


 屍を通り過ぎるたび、彼の顔は苦悩に歪み、唇を血がしたたらんばかりに噛みしめた。

 けれど、青い瞳はぎらぎらと燃え、その視線は闇夜を引き裂くようだった。

 やっとのことで城につくと、馬は血をしたたかに吐いて、倒れるようにして死んだ。アシオンは抱きしめたいのを堪え、馬を残して城門をくぐる。


 城は閑散としていた。王が留守の間、後を任された騎士達が勇猛果敢に戦ったが、結果は惨敗だったのだ。

 見慣れた侍女や給仕が、廊下で倒れ、折り重なっている。

 いつもにぎやかな城は、今や死んだように静かだ。

 爪が食い込むほど手を握りしめ、アシオンはひたすら階段を駆け上がった。


 悔しかった。悲しかった。叫びたかった。

 大事な者達を殺され、愛する人を奪われ。



 エマニエルはまだ、生きているだろうか。

 あのしとやかな娘は、グランディールに攫われたのだ。

 アシオンが一生をかけて、愛を誓った娘。

 その言葉に、嬉しそうに微笑み返した女。



 グランディールは、仕返しをすると言った。

 愛するものを奪われたから、愛するものを奪うのだと。

 これは復讐であり、奪われる悲しみを知らしめるためだと。

 アシオンにはそんな覚えはない。



 いいや、あった。

 まだ争いもない頃、部下達の一部が手当たり次第に魔物を殺していたのだ。

 アシオンは命令を出した訳ではなかったが、騎士の中には魔物を嫌う者もいた。彼らの誰かが、黒の王の愛する者を、手に掛けたのかもしれない。


 だが、それを理由に人々を傷つけるなどどうかしている。

 愛する者を一度奪われ、その腹いせに何千人もを手に掛けるなど。


 グランディールの愛は間違っている。あんな怪物は、正しく誰かを愛せない。

 彼の愛は、愛ではない。

 殺戮(さつりく)を続ける化け物に、心があるはずないではないか。




 迷いのないアシオンは、立ち止まることなく足を進める。

 最上階に着くと、崩れた壁の一部から、変わり果てた地を眺めた。

 片手に弓を持ち、背に抱えた矢筒から、金の矢を引き抜く。

 その目が見つめるのは、国を染め行く闇の中心。

 魔物の王は荒れ狂い、黒を塗り重ねるように、終焉を呼び寄せていた。


 アシオンは矢をつがえる。

 唇を引き結び、両の(まなこ)でグランディールを見据え。

 息を殺したまま、輝く金色を打ち放った。









 胸に飛び込んでくる愛しい人。

 抱きしめる腕に力を込め、アシオンは幸せを噛みしめた。

 戦争は終わった。グランディールは金の矢に刺され、死んだのだ。


 絶望の中、再び彼女に会えた喜び。

 闇夜の中、ついに訪れた勝利。


 城も町も、まだ残っている。生をとりとめた者達が集まり、金の王を見た。


 多くを失った者達は、それでも歓声をあげた。

 戦いの末に、ハルシュトラールは守られたのだ。

 この地に再び、祝福と希望が訪れた。未来は再び、輝いて待っている。


 そうしてアシオンは、英雄になったのだ。













 英雄は知らなかった。

 魔物の王が未だ生きていたことを。

 終わらせた戦いが、次の戦いを生むことを。



 グランディールの目は、あらゆる感情で、ぐちゃぐちゃに染まっていた。

 ガラス玉の瞳は、零れ落ちんばかりに見開かれ、まっすぐに城を見ていた。

 その胸には、金の矢が突き刺さっている。


 復讐を果たせなかった。

 孫の仇を討てなかった。

 頭がおかしくなりそうだ。いや、もうおかしくなっているのかもしれない。


 自分はいずれ、ここで死ぬのだろう。

 金の矢は魔力を吸い取り、どんな「(ノヴル)」も無に帰す。


 けれど、まだ終わるわけにはいかない。


 魔物は矢におもむろに手をかけた。ゆっくりと引き抜くと、血がぼたぼたと零れ落ちる。

 血だまりの中、それでも彼は立っていた。

 辺りの闇が集まって来る。魔物の王の元へ、一層黒に染まりながら。


 終われない。終わるものか。

 まだ死んでやらない。

 あの子の復讐を果たすまでは。


 深い深い、漆黒の闇。

 憎しみや悲しみに同調するように、寄り添い、幾重にも重なっていく。

 空気が悲鳴をあげて震えている。

 自分が染まって行くのが分かる。

 とっくに変わってしまったのに、まだ塗りつぶそうというのか。



 あの子がいなくなってから、世界は色を失った。

 それがどうだ。

 今ではもう、真っ黒だ。



 グランディールは目を閉じた。しばしの眠りにつくために。

 再び目覚めた時は、きっと物語の続きを始めるのだろう。



 瞼の裏に、少女の姿が浮かぶ。

 毎日一緒にいながら、一番大切なことを話さなかった。

 どうしてあの時、認めていると伝えなかったのだろう。

 今はいない、たった一人の家族。


「リース」


 零れた声は行き場もなく、魔物は闇に呑まれて行く。

 黒は全てを包み込み、跡形もなく消え去った。




 魔物の掠れた呟きを、歓声に包まれたアシオンが聞くことはなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ