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ハルシュトラールの夜の果て  作者: 星乃晴香
第三章 ザンクトの討伐
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赤毛のラズール


「見えたでしょ!あの家よ!」

 二人の騎士とロレンツォに合流したエレナは、出会うなり、彼らを家へ案内した。

「僕にその老人を説得しろって?」

 袖を引っ張られながら、行商人は困ったように言う。

「僕なんかより、子どもの君の方がいいんじゃないの?」

「だってあなた、口がうまいでしょ。お願いよ」


 二人の騎士は後ろから、面白そうにこちらを見つめている。

 ロレンツォはため息をついた。

「あのね、お嬢さん。僕はお喋り好きなオウムじゃないんだよ。大体そこまで(かたく)なな老人っていうのは、この村に残りたい理由があるんだ。思い出とか、守りたいものとか」

――そんな人を無理やり連れだすなんて、僕にもちょっと……。

 

 そんな文句を聞き流して、エレナは行商人を家の前まで引っ張って行った。

 扉を指さし、一心に男を振り返る。

「あの人をこのまま置いていくことはできないわ。もし『(ノヴル)』がやってきたら、殺されるかもしれないのよ。お願い、ロレンツォ」

「しょうがないなぁ。やってみるよ」

 行商人が肩を竦めたのを見て、エレナはさっそく家の扉を開いた。中はやはり真っ暗で、窓から差し込む光が頼りだ。

 そっと足を踏み入れると、床板が(きし)む音をあげた。

「――おじいさん?」

 エレナはゆっくりと部屋に入って行った。ロレンツォと二人の騎士が後に続く。

 あの老人は奥の部屋にいたはずだ。先程と同じように台所へ向かったが、老人が座っていた椅子には、誰もいなかった。

「あれ……?」

 どこへ行ったのだろう。あの老人は何を言っても動こうとしなかったというのに。

 じわじわと嫌な予感が這い上がる。

「まさか……連れて行かれたんじゃ……」

 急いで台所をくまなく探し、他の部屋も見て回った。しかし、老人の気配はどこにもない。

「おじいさん!」

 エレナは、はやる心を抑えて叫んだ。

「どこに行ったの!? おじいさん!!」


 その時突然、轟音(ごうおん)が響いた。地震が起こったように家が揺れ出す。屋根がぎしぎしと金切声(かなきりごえ)をあげ、恐ろしい勢いで家具が倒れ始めた。

 寝室を探していたロレンツォが、戻ってきてエレナの腕を引いた。

「ここから出るんだ!」

「でも……!」

 二人の騎士も慌てて走って来る。

「諦めた方がいい! ここにじいさんはいない!」

「早くしないと俺たちの方が危うくなるぞ!」

 これだけ探してもいなかったのだ。確かに老人は移動したのかもしれない。あるいは魔物にさらわれたのか。

 エレナは仕方なく頷くと、急いで騎士達の後を追った。

 屋根が半分崩れ始め、木材の破片が落ちてくる。砂ほこりの舞う中を、四人は必死で進んだ。

 扉を開け、家から幾分離れたところまで走ると、ようやく息をついた。

 お互いに顔を見合わせる。どうやら全員無事のようだ。

 ほっとしたのも束の間、エレナは聞き覚えのある声に顔をあげた。


「あはははははははははは!」

 響いてきた笑い声に、血の気が引く。振り返れば、家の上空を突風が吹き荒れていた。

「来たぞ! あの女だ!」

 騎士達が叫ぶ。

「戦うか? それとも……」


 その間にも、突風はいつしか砂嵐になり、家を襲った。

 轟音(ごうおん)と笑い声が、たちまち家を呑みこんでいく。

 誰もが、見ていることしか出来なかった。

 砂で視界を遮られる。しかし少し離れている分、なにが起こっているのかははっきりと分かった。


 屋根がつぶれ、窓が破片となって散ってゆく。

 木造の家は、泣き叫ぶような音を立てて、崩れ落ちた。


「嘘……」

 数秒だ。たった数秒で。

 家は壊され、瓦礫(がれき)の山へと化してしまった。



「あはははははははは!」

 いまだ砂嵐は吹き荒れていた。

 狂ったような笑い声が響き渡る。


「おい! 大丈夫か!」

 遠くからレイモンドの声が聞こえた。

 彼も一度避難して様子を見ていたのだろう。異変に気付いたのか、こちらへ向かってくる。その後ろから、七名の騎士が集まって来た。

「何があった!」

 騎士団長は急いで駆け付ける。疲れた様子の行商人が、家の跡に視線を向けた。

「見ての通りだよ」

 

 エレナは砂嵐を睨みつけた。

「きゃははははははは! 全員お揃いのようね!」

 砂嵐から、空中に浮かんだまま、赤毛の少女が姿を現す。その髪は一層赤く燃え、大きな瞳は楽しそうにこちらを見ている。

 レイモンドが叫んだ。

「お前はなんだ! 本性を現せ! 竜か、鳥か、それとも(すな)(へび)か?」

「これが本当の姿よ! あたしは砂漠の揺らぐ熱から生まれたの。だけど人間との違いなんて、ほとんどないわ!」

「何だと?」

「馬鹿じゃないの? 『(ノヴル)』の定義を作ったのはあんたたち『(ミッド)』でしょ! 王宮騎士団のくせに、話にもならないわ」

 赤毛の少女は怒ったように続けた。

「魔法を使えるものは全員『(ノヴル)』。そう決めたのはあんた達よ! あたしはね、妖精やら竜やらとは違う、ただの魔物よ。だけどね、名前は持ってるの。あの人からもらった名前をね! ラズールって言うのよ! いい響きでしょう!」

 そう言って、ラズールは再び、その手に光を宿した。

 エレナは叫んだ。

「皆、伏せて!」


 咄嗟(とっさ)に騎士達は伏せる。

 その頭上を銀色の光がかすめて飛んでいった。目にも留まらぬ速度で、騎士達のすぐ後ろに大きな穴をあける。

 「うわっ」と一人が、情けない声を上げた。

 持っていた剣はその手を離れ、風と共に地面を滑って行く。彼は真っ青になった。


「なあに? まだ遊びたいの?」

 楽しそうとも、つまらなそうともとれる顔をして、赤毛の少女は嘲笑(あざわら)った。

 ぐるりと辺りを見回して、不意にエレナに目を留める。

「そういえば、あんたみたいな小娘、どうして騎士団に混ざっているのかしら」

 不思議そうに見つめたものの、次の瞬間、ぐにゃりと笑みを浮かべた。

「まあいいわ。敵であることに変わりはないものね!」

 言うなり、片手を持ち上げた。そこに宿る白銀は、ひどく眩しい。

 エレナは咄嗟に、地面に落ちていた剣を拾った。突こうという訳ではない。せめて盾にできないかと思ったのだ。


 目を突き刺す閃光。咄嗟に剣を構えれば、魔法の衝撃が身を襲った。

 けれど痛みは感じない。銀の光は、剣に当たっただけで、方向を変えたのだ。


「ぎゃあっ!」

 頭上から叫び声が聞こえる。

 ハッとして見れば、ラズールが片腕を抑えていた。


 ロレンツォが嬉々としたように声をあげる。

「魔法を跳ね返したんだ!」


 騎士達の目に希望が灯る。

 ロレンツォは彼らに教えるように言った。

「鏡だ。剣が鏡の役目をしたんだよ! 魔法を映すものなら何でも使える!」

 騎士達は剣を抜き、示し合わせたように構え始めた。中には磨き上げられた盾を使う者もいる。

 エレナも嬉しくなって剣を持ち直したが、不意に腕を掴まれた。

 何かと思って見上げれば、ロレンツォが首を横に振った。

「君は戦いの経験はないだろう。僕の後ろにいて」

 子どもには危険だ、そんな口調だった。

 一緒に戦いたかったが、足手まといになる可能性もある。

 仕方ないことだと分かっていたものの、エレナはむすっとしながら剣を手放した。



 砂嵐の中、赤毛の少女は、怒りで目を光らせた。彼女はもう、腕を抑えていない。

「こんなもの何ともないわ。皆まとめて終わらせてやる!」

 振り上げた片手が、再び光り出す。しかし騎士達はもう()けなかった。

 剣や盾を構え、鋭く彼女を睨み返す。

「生意気。『(ミッド)』のくせに!」

 その手から放たれた銀の光は、騎士達にあたることはなかった。

 鏡のような武器に反射し、彼女の元へ返って来る。

「何よ……きゃあ!」

 跳ね返って来た魔法を、「(ノヴル)」はすんでのところで避けた。


 例えはね返したとして、あらぬ方向へ飛ばすのがオチである。

 これだけ精密な角度で反射させるのは、熟練した騎士達の腕にほかならなかった。

 エレナは行商人の後ろに隠れ、改めて彼らの手つきを見る。


 昨日の食堂で、訓練が厳しいと漏らしていた者もいたが、これはその賜物(たまもの)だ。彼らは剣の身振りや力加減だけでなく、振りかざす角度もしっかり叩き込まれている。

 敵を切るのと同じように、光を適格に反射させるのは、難しいことではないように見えた。


「すごい……」

 銀の光が「(ミッド)」と「(ノヴル)」の間を行き交う。

 あちこちで魔法の反射する音がした。まるで流れ星が何本も飛んでいるみたいだ。

 時折こちらに来る魔法も、行商人が完璧にはじき返す。

 安心しながら見ていられるものの、なぜ騎士でもない男が剣を使えるのか、エレナは不思議に思った。




 跳ね返って来た攻撃を器用に避けながら、ラズールはとうとう金切声をあげた。

「浅知恵をつかうなんて卑怯だわ! だから人間って嫌い!」

 砂嵐が一層強くなる。ラズールの体を、再び覆い隠した。

「どのみち、あんた達があたしに勝てる訳ないのよ!!」

 騎士達が跳ね返した魔法は、砂嵐に呑まれて、直接『(ノヴル)』に届くことはなくなった。

「身を守ったってことか?」

 騎士の一人が呟く。

「でもこれじゃあ、奴も攻撃できないだろうに」

 その言葉通り、両者の間を吹き荒れる渦は、こちらの攻撃だけでなく、向こうからの攻撃も阻んでいる。

 埒のあかない戦いに、騎士達は剣を構えたまま立ち尽くすだけだ。

 同じように立っていたエレナは、訝しげに竜巻を見つめた。

 砂嵐は、ごうごうと唸り声をあげている。

「ちょっと待って、こっちに来てない?」

 そう言った途端、口に入って来た砂で咳き込んだ。


 見上げれば、砂嵐は何もかも巻き上げ、どんどん大きくなっている。

 最初に見た豪風の比ではない。

 ラズールは身を守った訳ではなかった。

 竜巻で、家や畑ごと騎士団を呑みこもうとしていたのだ。


「走れ!」

 誰の者かも分からない叫び声に、全員が一斉に走り出した。(あり)の子を散らしたようとは、このことだ。

 エレナも一目散に駈け出す。

 足の速さには自身がある、はずだった。

「わ……っ!」


 慌てて駈け出した拍子に、足がもつれた。

 つんのめって、前に倒れる。

――――不覚だ。

 騎士達に混じっていたせいか、そんな言葉が頭をよぎる。

 走れなければ、その速さにも意味はない。


 ロレンツォが何か叫んでいるが、風の音にかき消された。

 見る見るうちに視界は砂と風に遮られる。

 再び体中に砂が吹き付けた。あまりの強風に、砂が当たると痛みまで感じる。


「あはははははは! やっぱり、あたしの勝ちだわ!」

 聞こえてくるのは、あの嫌な笑い声。

 必死に強風に抗っていると、不意に砂が止んだ。

 気が抜けそうになりながら、エレナはその場に立ち尽くす。


 目の前に、あの赤毛の少女がにやにやと立っていた。

 思わず周りを見渡せば、すっぽりと砂嵐に包まれた空間にいた。周りを吹きすさぶ強風が、回転しながら唸りをあげている。

「ここ、は……?」

「竜巻の中心部よ。見ればわかるでしょ?」

 ラズールは面倒くさそうに言った。

「あの騎士達と戦うのは手間がかかるわ。あんたを人質にして使ってさっさと終わらせるの」

「わたしを……?」

 思わず体に力が入る。

「あんた以外に誰がいるって言うのよ。これからあの騎士どもに脅迫しに行くんだから、ここで大人しくしてなさい」

 人質なら、以前トラヴィスの屋敷でなったことがある。あの時も騎士団の手を煩わせたのだ。

 もう皆に、迷惑はかけたくない。

 

 エレナは辺りを見回した。回り続ける豪風は、逃げ道を完全に塞いでいる。

 再び前を見つめれば、ラズールが薄く笑っていた。


 トラヴィスは魔法をつかいこなせなかったが、今はあの時とは違う。

 目の前に立ちはだかり、楽しそうに笑うのは――――。


「『(ノヴル)』から逃げようったって、そうはいかないわよ」

 大きな瞳が、いたずらっぽく細められる。

 その目は、ぞっとするほど煌めいていた。


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