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ハルシュトラールの夜の果て  作者: 星乃晴香
第三章 ザンクトの討伐
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マルクレーンの書

 その夜、部屋に帰ったエレナはなかなか寝付けなかった。

 騎士達や、ロレンツォに言われたことが胸に刺さって離れない。

 目を閉じれば、シルヴィアの顔が(まぶた)の裏をかすめていく。


 いつもは笑っているけれど、時折涙を堪えている王女。

 どうしたら彼女を幸せにできるだろう。

 自分には何ができるのだろう。


 エレナはため息をつくと起き上がった。


 どんなに考えても答えはでない。

 それとは反対に、目は冴えてくるばかりだ。


 おもむろに鞄を引き寄せると、あの大事な本を手に取った。

 ワインレッドの革は古びているものの、しっとりとした質感だった。

 この中に、マルクレーン直筆(じきひつ)の文が書かれているのだ。

 もしかしたら、クリスのことも書いてあるかもしれない。

 あの少年を探す手がかりになるかもしれないのだ。


 はやる気持ちを抑え、エレナは静かにページを開いた。

 十年以上も前の書物のせいか、古びたページはうっすらと黄ばんでいる。


 書かれているのは魔法の使い方だ。しかし、エレナが知りたいのはそんなものではない。

 今だって城で過ごす中、魔力を隠すのに必死なのだ。

 第一、そこに記されているのは専門的な用語や、幾何学的な図形ばかりで、エレナにはさっぱりである。

 もしかして他にも何かあるのでは……と続きを見るものの、どのページも似たようなものばかりだ。

 ページをめくった拍子に、とても小さな虫が這い出てくる。それを指でぺいっと飛ばし、エレナは諦めきれずにその先を追った。


 と、半分くらい見たところで、突然真っ白なページが現れた。

 そういえば書庫の兵士が、半分は白紙だと言っていたかもしれない。

 不審に思ってその先をめくって見るものの、残念ながら何も書かれていなかった。

 ページが余ってしまったのか、最後まで書けなかったのか――。


「これで終わり……?」

 エレナは茫然と本を見つめた。

 せっかくロレンツォが借りて来てくれたというのに。

 せっかく手がかりになるかと思ったのに。


 がっかりして肩を落とし、ひとさし指の腹で白いページをなでた。

 その瞬間。


 指の下から光があふれ出した。

 そこに、金色の文字が現れる。

 光は炎のように揺らめき、舐めるようにしてページ全体に広がって行く。輝きはみるみる増し、ついには本そのものを包み込んだ。

「これ……魔法!?」

 思わず呟いて、口を抑えた。

 あまり大きな声を出しては危険だ。声を――息すらも殺して、食い入るようにして本を見つめる。


 光が収まるころには、本の半分を占める空白のページが姿を変えていた。

 先程までなかった金の文字で、びっしりと埋め尽くされていたのだ。


 エレナは驚きを隠せない。

――――魔法ってこんな高度なこともできるの?

 あまりに突然のことに、声も出なかった。

 自分ができるのは花を枯らせることだけ。なぜ文字が浮かび上がったのかも分からない。

 

 とにかく、今は難しいことは考えず、一刻も早く、現れた文章に目を通したかった。

 急いで本を持ち直すと、まじまじと金の文字を見つめる。

 そうして、思わず息を呑んだ。


――――これ、日記だわ。



 月が高い空から光を投げかける。

 夜はまだまだ長い。

 ひとたび目を通すと、もう止まらなかった。

 一心不乱に読み始めた少女は、時間の概念さえ忘れていく。


 その胸に、金の文字と、マルクレーンの思い出が刻まれていった。





 『マルクレーンの書』



 アンガス歴千五百十二年 礎の月 第七の日


 森で妖精に会った。いつものように本を抱えながら、植物採集をしていた時だ。

 妖精は普段姿を隠しているというが、なぜ出てきたのだろう。

 真紅に輝く、薔薇のような娘だった。

 驚きのあまり、山積みにしていた本をぶちまけるという醜態をさらしてしまったが、笑った彼女は美しかった。

 良しとしよう。





 アンガス歴千五百十二年 礎の月 第八の日


 再び彼女に会った。

 名前はエルマローゼと言うそうだ。花びらのような音だ。

 変わった名だと言ったら、彼女も私の名を挙げて同じことを言っていた。

 やはり我々は異なる生き物なのだろう。


 私は王に仕える人間だ。

 ランドルフ王はアシオンの子孫。「(ノヴル)」と会っていることが知れたら、城を追放されるだけではすまないはずだ。

 だが、彼女は無害だし、優しい。誰か分かってくれるものがあればいいのに、伝えることも許されない。

 こうして書き留めておくことにする。





 アンガス歴千五百十二年 謡の月 第二の日


 森へ行くのが楽しい。

 ここ最近ずっと、植物採集しがてら、エルマローゼと話をする。

 私は今までもこれからも、静物の研究だけを生きがいにしていくものだと思っていたのに。

 遅い春が来たのかもしれない。

 そう、今の私は、彼女に会うことに生きる歓びを感じているのだ。


 今日、彼女の友人とやらに会った。

 彼もまた美しい精霊だったが……「(ミッド)」の私をよく思っていないのは確かだ。

 「(ノヴル)」からすれば当然の事だろう。

 だが、彼女との関係を終わらせることはできない。

 敵が増えると分かっていても。





 アンガス歴千五百十二年 暦の月 第二十九の日


 彼女が泣いていた。

 もう別れるべきではないか、と。


 「(ノヴル)」の王が我々の関係に気付いたらしい。

 アシオンの子孫が残っているように、グランディールの子孫でもいるのだろうか。

 あの魔物は死んだはずだが。

 なんにせよ、我々がこれ以上関係を続ければ、彼女が危険に合うことは目に見えている。


 エルマローゼは、私といるのが嫌になったのかもしれない。

 そう思って別れを切り出したところ、今度は怒り始めた。

 不可解な女だ。

 けれど、そこが愛しいのだ。絶対本人には言えないが。



 やはり、ここで終わらせることはできない。

 私は彼女を守ろう。

 敵が「(ノヴル)」なら、私も魔法を身につければいい。

 この行いがアシオンの子孫に――――ランドルフ陛下に背くことは分かっている。

 でも、彼女を守るためだ。彼女と、その腹にいる、我々の子どものため。





 アンガス歴千五百十二年 燈の月 第十五の日


 とうとうこの時がきてしまった。

 我々の関係が、陛下にばれたのだ。

 迂闊(うかつ)だった。森に行くところを、騎士の一人に追跡されていたらしい。

 私がはずれの塔で何をしているのかも、すべて表沙汰になってしまった。

 幸いなことは、エルマローゼが彼らに捕まらなかったことだ。

 彼女はなんとか逃れたが、見つかるのは時間の問題かもしれない。



 今私は、城の独房でこれを書いている。

 この日記を書くのも、これで最後だ。

 明日にはヴァーグの牢獄に移され、「(ノヴル)」達と共に永遠に閉じ込められるだろう。


 私はもう、「(ミッド)」ではなくなってしまった。

 だが、「(ノヴル)」になることもできない。

 人々は私を裏切り者と呼ぶだろう。

 魔法に手を染めた、悪しき魔法使い、と。

 今ですら、たった一つの窓から、大勢の罵声が聞こえてくるのだ。


 私はそれを聞き流すことなく、しかとこの身に焼つけよう。

 そうとも、私は魔法使いだ。

 「(ノヴル)」はそれぞれの個体が、それぞれ同じ系統の魔法しか使えない。

 だが私は違う。


 燃やす魔法も、沈める魔法も、芽吹きを呼び覚ます魔法も覚えた。

 壊したり、創ったりする方法も編み出した。

 私はそれで、すぐにでもここから抜け出してみせよう。

 彼女を守るために、傍に行かなければならない。

 邪魔する者はなぎ倒し、剣を振りかざす者は心臓を打ち砕く。

 懐かしい「(ミッド)」を、私は確かに裏切ったのだ。


 そのくせ恐ろしいことに、苦しくも悲しくない。

 むしろ、守れる力を持つことに、喜びさえ感じている。

 魔法を手に入れて、良かったと思っているのだ。

 私は相当、無慈悲な生き物らしい。



 今頃、エルマローゼはどうしているだろう。

 私が「(ミッド)」を裏切ったように、彼女は「(ノヴル)」を裏切ったのだ。

 それぞれの王から、彼女を逃さねばならない。

 傍へ行って、二人で長い旅に出るのだ。


 さあ、早く行かなければ。

 守るべきは彼女だけではない。

 もうすぐあの子が生まれるのだ。


 この本は燃やさず、残しておくことにする。

 日記の部分だけ見えないよう、敵には姿を隠し、味方には姿を現す、そんな魔法をかけて。

 この複雑な魔法が、我々のような生命の宿る媒体にも使えたら良いのに。

 どちらにせよ、この魔法は確かだ。

 今日記を読んでいるお前は、私の味方なのだろう。


 私はもしかしたら、死ぬかもしれない。

 だからこそ、お前に読んでもらいたいのだ。

 もし私が死んだら、妻と子を守ってほしい。

 彼女達も、お前に会ったら喜ぶことだろう。


 願いを託して、ここに記す。




 日記はそこで終わっていた。


 エレナは小さく息をつく。

 妖精も、その子どもが誰かも知らない。

 ならば、探さねばならないだろう。

 魔法使いは自分のせいで死んでしまったのだ。ならばせめて、彼の願いは叶えたい。

 同情からでも、負い目からでもない。

 あの魔法使いの優しさが――クリスを呼ぶ叫び声が――忘れられなかったのだ。



 なんにせよ、マルクレーンの意志をようやく知ることができたのだ。

 今まで知っていた彼が、違う人物のように思えてくる。


 魔法使いは噂通り、裏切り者だった。

 魔法を使い、人間に抗った。

 けれど彼の行ったすべては、守るためのものだったのだ。


「魔法は罪」


 三百年前、金の王アシオンはそう言った。

 人々は皆それを信じ、エレナも仕方のないことだと思っていた。

 花を枯らす力なんて、おぞましい以外の何物でもない。

 魔法を使うことは、裏切る行為そのものだと。


 けれど今、アシオンが決めた世界の(ことわり)を、エレナは初めて疑問に思った。



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